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オウム中枢の人物の肉声  中西寛さんが選ぶ平成のベスト本5冊

 (1)アンソニー・トゥー著『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』(KADOKAWA、18年刊) オウム真理教が犯した犯罪は間違いなく日本史に残る。その経緯が徹底的に解明されることなく極刑による断罪で終わったことは平成という時代の閉塞(へいそく)感を映し出す。そうした中で米国の一科学者がオウムの中枢にいた人物と人間として対話した記録は、時代の証言として掛け替えない。

 (2)村上春樹著『1Q84』(新潮社、09~10年刊) 野茂英雄が野球の世界で行ったように、日本語文学の世界性を意識させた作家の注目作。例年のように繰り返されるノーベル賞騒ぎも文化を経済尺度で測ることが当たり前になった現代社会を象徴する。

 (3)堀川惠子著『裁かれた命 死刑囚から届いた手紙』(講談社、11年刊) 平成時代は前世紀のイデオロギーや思想が使い尽くされる一方、それに代わる新たな理念も思想も生み出されなかった。そういう時代にこそ丹念に事実を掘り起こす作業が貴重である。本書はそうした作業の重みを深く印象づける。

 (4)伊藤邦武著『人間的な合理性の哲学』(勁草書房、97年刊) 著者によるプラグマティズム哲学の解明とその系譜の整理・紹介は、平成の学術的成果として読み継がれることになるだろう。

 (5)宮内庁編『昭和天皇実録』(全19冊・東京書籍、15~19年刊) 長大な昭和時代の記録を次の元号の間にまとめたことは平成時代の歴史研究の成果と言えよう。=朝日新聞2019年6月5日掲載