1. HOME
  2. コラム
  3. 平成ベスト本
  4. 風俗小説+私小説+新聞小説  宮下志朗さんが選ぶ平成のベスト本5冊

風俗小説+私小説+新聞小説  宮下志朗さんが選ぶ平成のベスト本5冊

 (1)水村美苗著『母の遺産 新聞小説』(中央公論新社、12年刊) 「風俗小説」+「私小説」+「新聞小説」という形で書かれた見事な長編小説。水村氏はその都度、新たな器に挑戦してきた。次はどんな趣向かなと待ち望む作家は、彼女以外にほとんどいない。

 (2)加藤典洋著『敗戦後論』(講談社、97年刊) 日本にとって「戦後」は終わっていない。本書は「謝罪」をめぐって論争を巻き起こし、著者は批判にさらされもしたが、画期をなした著書だと思う。

 (3)大江健三郎著『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』(講談社、13年刊) サイードの『晩年のスタイル』に触発された小説で、これが著者の最後の小説なのだと思う。わたしの人生を方向づけた作家で、常に気になる大きな存在。

 (4)辺見じゅん著『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(文芸春秋、89年刊) 文庫になってから読んだ。シベリアに抑留されて死ぬ山本幡男(はたお)の遺書を、仲間たちが日本に持ち帰るというノンフィクション。その方法や、ここまで仲間たちに慕われ、信頼された人間がいたということが、にわかに信じがたかった。

 (5)オルハン・パムク著『無垢(むく)の博物館』(宮下遼訳、早川書房、10年刊) トルコの近代化をポストモダン的な手法で描く著者の、ノーベル賞受賞後の第1作。イスタンブールを舞台に、富裕層出身の男性が年下の庶民の女性に寄せる偏執狂的な愛情を描く。恋の物語と、急速に変化していく都市の物語が見事に融合している。「都市小説」の傑作。=朝日新聞2019年5月29日掲載