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「境界の日本史」書評 各地の個性強まり、交流盛んに

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2019年06月15日
境界の日本史 地域性の違いはどう生まれたか (朝日選書) 著者:森先 一貴 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784022630834
発売⽇: 2019/04/10
サイズ: 19cm/310p

境界の日本史 地域性の違いはどう生まれたか [著]森先一貴、近江俊秀

 「日本文化」はどのようにして形成されたか。明治以来、主流説は伝播論だった。大陸から移住してきた集団がもたらした外来の進んだ文化が既存の文化に接ぎ木されたことが起源だというのである。いわく、縄文文化は日本列島内で生まれたのではなく、大陸由来である。いわく、縄文人と弥生人は別の民族であり、海を渡ってきた弥生人が、先住民である縄文人を追い払い弥生文化を生み出した。中でも有名なのが、大陸の騎馬民族が大和朝廷を建てたと説いた江上波夫の騎馬民族征服王朝説であろう。
 だが1970年代以降、大規模開発にともなう発掘調査が急増し、考古資料が膨大に蓄積された結果、伝播論は覆された。外来文化のインパクトを重視する見方では、石器・土器などの著しい地域的特色を説明できないからだ。
 本書は、先史考古学者と古代考古学者による共著で、主に旧石器時代~奈良時代の日本列島における地域性の成立・発展過程を考古学の観点から論じる。
 日本列島では、約3万年前の姶良(あいら)火山の噴火後の環境変化によってマンモスなどの大型動物が減少したため、地域ごとに異なる環境に応じた生業戦略が生まれた。旧石器時代の末期には、一部の地域ではあたかも現在の都道府県レベルとみまごうほどに生活文化が多様化し、その地域性は縄文時代にも引き継がれた。
 弥生時代になると、稲作を積極的に導入した西日本と拒んだ東日本など、地域性がより顕著になる。古墳時代には前方後円墳が全国的に造られるものの、掘立柱(ほったてばしら)建物の西日本と竪穴建物の東日本など、生活文化の違いは健在だった。旧石器時代から形作られてきた文化的な境界は今日まで影響を与えている。
 だが本書が強調するように、境界の形成は断絶を意味しない。日本では地域の個性が強まったことで、別の個性を持つ他地域との交流が活性化した。現代を考える上でも示唆的だ。
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 もりさき・かずき 1979年生まれ▽おおみ・としひで 1966年生まれ。両氏とも文化庁文化財第二課文化財調査官。