かつて東京・表参道にあった同潤会青山アパート。最先端の街にあるツタの絡まるレトロな建物に驚いた記憶がある。三上延(えん)さんの『同潤会代官山アパートメント』は、1927年に入居が始まり、96年に解体された同潤会代官山アパートが舞台の小説。関東大震災から阪神・淡路大震災を越えて生きた一家4世代の物語だ。
アパートは電気やガス、水洗便所を備えた鉄筋コンクリート造りで、完成時は「先進的でモダン」な住宅だった。次第に時代遅れの古い建物になり、大家族で暮らしていた一家も最後まで住んでいたのは1人だけになる。だが、一家の心のふるさとはこのアパートにあり、その象徴として、真鍮(しんちゅう)の古い鍵が代々、受け継がれていく。
累計680万部の『ビブリア古書堂の事件手帖(てちょう)』シリーズの著者の最新作。71年生まれの三上さんは元住民を訪ね、本や写真集、UR都市機構の集合住宅歴史館で当時の生活を丹念に調べたという。セピア色の郷愁と幼い頃の記憶がよみがえってくる本だ。(山根由起子)=朝日新聞2019年6月15日掲載
