先日上京した折、昨春に出産をした高校の友人とランチの約束をした。ただお子さんの都合もあるため、何があっても対応できるよう、宿は友人宅近所を選び、当日は夕方まで他の用事を入れなかった。
すると案の定、前日にメールが入り、「ランチの約束、モーニングに変更できる?」とのこと。
「いいけど、そっちは大丈夫?」
「うん。それで場所は外は止(や)めて、我が家に食べにきて!」
いや、待て。幼児がいるのにそれはさすがに申し訳ないと返事をしたが、「大丈夫」との短い答えとともに自宅の地図が届くばかり。
なにが大丈夫なのだ、と首をひねりつつ朝を迎え、教えられたマンションを訪ねて驚いた。出迎えてくださったのは、友人ではない。エプロンをつけた初老の女性――関西在住のはずの友人のお母さまではないか。
なんてことはない。母君は孫会いたさに上京してらっしゃり、友人は彼女がいるのをあてにして、私を自宅に招いたわけだ。
「さあ、どうぞ、どうぞ。あ、ヨーグルト、飲みますか?」
手伝いを申し出ても、「いいから」と笑われ、すぐにパンと目玉焼きが出てくる。さすが、主婦歴が違う。手際がいい。
十代の頃は、同級生の家に泊まりに行き、朝食をご馳走(ちそう)になることも時々あった。だがまさか四十歳を超えてから、こんな機会を得ようとは。
大人になって、出来ることは確実に増えた。だがそれと引き換えに、少女の時の日常のほとんどは、もはや叶(かな)わなくなっている。そして友人のお母さまの手料理をいただくなんて、これは再び体験できるとはまったく予想していなかった、「少女時代の日常」だ。
「ちょっと。お母さま来てらっしゃるなら、早く言ってよ」
「へへへ、ごめんー」
子どもを膝(ひざ)に抱いた友人が、悪びれた風もなく笑う。その笑顔がお互いが十代の頃と同じに見えたのは、決して気のせいではないのだろう。=朝日新聞2019年6月19日掲載
編集部一押し!
- インタビュー 「尾上右近 華麗なる花道」インタビュー カレーと歌舞伎、懐が深いところが似ている 中村さやか
-
- インタビュー 鈴木純さんの写真絵本「シロツメクサはともだち」 あなたにはどう見える?身近な植物、五感を使って目を向けてみて 加治佐志津
-
- コラム 三浦しをんさんエッセー集「しんがりで寝ています」 可笑しくも愛しい「日常」伝える 好書好日編集部
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 黒木あるじさん「春のたましい」インタビュー 祀られなくなった神は“ぐれる”かもしれない 朝宮運河
- インタビュー 「親ガチャの哲学」戸谷洋志さんインタビュー 生まれる環境は選べない。では、どう乗り越える? 篠原諄也
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社