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「行けたら行きます=絶対に果たされない約束」 言葉の裏側をおもしろく解説した「妄想国語辞典」

文:加賀直樹、写真:山田秀隆

――この『辞典』で紹介される言葉が、一つひとつ斬新で突飛。それに続く「意味」の説明には痛いほど膝を打ちます。そして最後の「例文」。まさに「あるある」を突かれるような痛快な気分になります。

 そうですか? 「例文、わかりづらい」って声は多々聞くんですよ。どうでしょうかね。

「冷麺熱盛り」
【意味】矛盾していること。
【例文】自立したいと言いながら、敷金礼金だけは払ってくれだと? 冷麺熱盛りにもほどがあるだろう。
「渋谷がつらい」
【意味】老いを実感すること。
【例文】渋谷がつらい瞬間は、ある日突然やってくる。代表的なのが子どもの運動会である。

――書籍・雑貨店「ヴィレッジヴァンガード」が毎月発行するフリーペーパーの連載が、この1冊になったのですね。ページ欄外で続くこの連載は、まるで往年の情報誌「ぴあ」の名物欄外「はみだしYOUとPIA」のようです。そもそも、この連載が始まったきっかけは?

 勤めている広告代理店のなかに、このフリーペーパーの編集部署があるんです。前任の編集長時代、「昔、深夜のラジオが大好きだった」という話になりました。課題に対し、言葉で返すという行為が、学生時代から趣味になっていたんです。自分でも自覚はなかったんですけど。

――深夜ラジオと、野澤さんの住む広告業界。なんか、メディアの対極にある印象ですが……。

 広告の仕事って、クライアント、お金をもらっている商品や企業の「事情」を汲みながら、マーケティングの戦略に基づいてアウトプットするわけですけど、それとはまったく違う、ただ学生時代にやりたかったことをやろう、と。「コピーライター」という職業とリンクするとすれば、「課題に対して言葉でこたえる」ということだけ。それを(元編集長と)話していたら、「はみだしYOUとPIA」みたいな、「ジャンプ放送局」みたいなのでどうか、という話になったんです。

――「週刊少年ジャンプ」の読者投稿コーナー。ハガキが縮小コピーされ、そのまま誌面に掲載されていたなあ。たしかに「課題に対して言葉でこたえる」でしたね。

 もともとラジオの放送作家がやりたかったんです。番組のコーナーの企画を考えて、リスナーが投稿するネタを選別していく。そんなことを、この職種にありながらやってみたいな、と思っていました。

――ラジオっ子だったのですね。聴き始めたのは何歳ごろからですか。

 小学校の高学年ぐらいからですね。三宅裕司の……。

――「ヤンパラ」(ニッポン放送「ヤングパラダイス」)! 80年代を代表する伝説のラジオ番組ですね。わたしもリスナーでした。

 あの時代ですから「ヤンパラ」、それから伊集院光さん、岸谷五朗さんの番組とか。あとは「オールナイトニッポン」。ラジオって孤独なメディアというか、「自分」と「向こう」の1対1みたいな錯覚になりやすいじゃないですか。他のリスナーがネタのハガキを出し、メチャクチャ面白くて、笑わせてもらった半面、ちょっと嫉妬心とか、「自分だったらこうやるのにな」っていう気持ちも生まれたんです。それで自分が(ハガキを)出したこともありました。いま、いちおう書く仕事のプロになって、「思いついたことを単純に書くだけでは、相手に伝わらない」ということを学んだうえで、あの頃の妄想を現実にしてみようと。

――相手に伝える術を、プロとして会得したうえで、あらためて取り組んでみた、と。「ハガキ職人」時代があったのですね。当時、採用されたネタは覚えていますか。

 ちょいちょい採用されましたけど、覚えていないですね。ナイナイさんの「オールナイトニッポン」が多かったですね。

――それも超人気番組。あそこで採用されるのは至難の業。

 いま活躍中の、名だたる放送作家がいっぱい輩出していますよね。

「小太りなヨガインストラクター」
【意味】説得力に欠けること。
【例文】地元しか知らないオヤジに東京を否定されたって、小太りなヨガインストラクターなんだよ!
「ここだけの話」
【意味】みんな知っていること。
【例文】押すなよ!押すなよ!が「押してくれ」という意味なのはここだけの話である。

――ところで、放送作家ではなくコピーライターの道に進んだのは、なぜですか。

 「放送作家になりたいな、ラジオ局に入れば良いんだ」と思って、ニッポン放送を第一志望にして受けました。TBS、文化放送も受けて、落ちました。でも、マスコミ系に就職を希望する学生どうしで情報交換するじゃないですか。その時、ラジオ局以外も受けている人がいっぱいいて、そのなかに広告業界志望の人がいたんですよ。彼に教えられ、コピーの養成講座みたいなものに行ってみたら、「あ、なんか、(ラジオと)似ているかも」って思ったんです。課題に対して言葉で答えていく、アイディアや企画で返していく。「遠からずかな」と思った。それで、就職活動の途中からコピーライター志望になっていったんです。

「なるほどですね」
【意味】なんの関心もないこと。
【例文】最初の頃は期待していた。でも3回目のデートで確信したんだ。彼女は俺になるほどですねだと。

――この『妄想国語辞典』のネタは、どんなふうにつくっていくのですか。最初に言葉が浮かぶのか。それとも、モヤモヤと例文が先に浮かび、言葉へと繋がっていくのか。

 創作するときのパターンは、Twitterのトレンド、Yahoo!のトピックに出てくる文字をバーッと見渡します。いま、世の中的にはこんなことがトレンドになっているのか。世の中の気分がこっちに振れているのか。そんなのを見て、そこからなんとなくピックアップしていく。「世の中がこう思う対象の裏側には、こういう気持ちがあるかな」とか。「みんな、本当はこう思っているんじゃない?」とか。ただ、完全に独断です。「共感してください」という思いはまるでなくて、「僕はこう思いました。でも、そう思う人もいません?」ぐらいの感覚でやっているんです。

――この連載は4年も続いているのですよね。2018年には下北沢の書店「B&B」などでイベントを開き、ZINE(同人誌)も刊行。読者からはどんな反響がありますか。

 意外だったのは、ある主婦のかたから、「最近育児に疲れて参っていたんですが、また頑張ろうって思えました」という言葉をかけてもらったことです。ここではシニカルなネタが多いし、少なくとも「人を幸せにしよう」と思って書いてきたわけじゃない。「ま、笑ってもらえたら良いな」というのはあったけれど、受け手から「生きるうえでのエネルギーになった」という反応をもらったのは、僕も意外でした。何人かいたんですよ。「そうか。そんなふうに捉えてもらえるなら、もうちょっと続けてもいいかな」って。そんな時にちょうど(出版の)お話が出たんです。

「サイトウさんのサイの字」
【意味】パターンが無限にあること。
【例文】あのお笑い芸人がずっと消えないのは、リアクションがサイトウさんのサイの字だからなんだよな。

――この本でさらに変わっていて面白いと思ったのは、映画「カメラを止めるな!」の俳優・濱津隆之さんがイメージキャラクターとして随所に登場する点です。これは一体、どういう理由から?

 ZINEの時は、ただ、わーって文字が並んでいるだけで、(編集者に)「これだとちょっと読み疲れしたりするかもね」と言われたんです。相談していくなかで、「コラムを入れてみよう」「グラビアページを入れてみよう」って。

――濱津さんとは、もともとお知り合いだったのですか?

 いえ、全然つながりはなかったです。僕自身がこの本のなかに出るつもりはないんですけど、「自己投影できる人がいたら良いな」と思ったんです。妄想癖のあるような人がいて、「こういうことを考えている人がいるのか、こういう場所で考えたのかな」というものがあれば面白いかな、と。濱津さんにはどこか悲哀も感じられて、僕自身としては共感があります。

――そんな濱津さんのキャラ設定は、「小さなインテリアメーカーの商品開発部に勤める38歳。大田区・大森の公団住宅で妻と3歳の娘と暮らす彼は、相手の目を見て話すのが苦手」。これらの写真を撮影した頃は、もう「カメラを止めるな!」が大ヒットして……。

 日本アカデミー賞のノミネートが決まっていた時期でした。とにもかくにも良い人だったなあ。撮影に同行して、ずっと一緒にいて、最後、立ち飲み屋で飲んだりして。やっぱり(周囲から)話しかけられていましたね。

「ケーキのフィルムについたクリーム」
【意味】手を出さずにはいられないもの。
【例文】あのブランドの新作、見た?めっちゃかわいくない?ほんと困るー。ケーキのフィルムについたクリームなんですけどー。

――言語学者の金田一秀徳さんは、この本の帯で「豊かすぎる日本語、奇天烈にして秀逸」とコメントしています。第2弾、第3弾が続きそう。今後、この連載はどう進化していくのでしょうか。

 第2弾があるとしたら、一般公募しても良いかなって思っているんです。もともと僕がやりたかったラジオの放送作家って、お題を「出す側」じゃないですか。だから「放送作家」じゃなく「妄想作家」ってことにして、一般の人からネタを集めて、選ばせてもらいながら、自分のネタを混ぜて出す。それも面白いかもな、ってちょっと思ったりしているんです。

――その企画は楽しいことになりそうかも。

 もっと面白いネタを書く人、たくさんいるはずなんです。それに、僕も別にこれ、プロじゃないので。なんか、そういう「誰かと共同でみんなでやる」っていうのって、ある種、番組をつくっている感覚に近いと思う。

――まさにラジオ番組。あ、それって結局、野澤さんの夢が……。

 叶うのかも知れないですよね。この『辞典』に収録された言葉たちは、生きていくうえでなんの役にも立たないかも知れませんが、「あるある」ってなったり、クスッとしたりしてもらえたらとても嬉しく思います。