気鋭の歌人が初めて小説を書いた。小佐野彈(おさのだん)さんの『車軸』(集英社)は登場人物がみな資産家。経済的な自由を手にしながら、それぞれコンプレックスと生きづらさを抱えている。
昨年の第一歌集『メタリック』(短歌研究社)で注目を集めた。今年受賞した「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」では「古典的でありながら新鮮な言語感覚に大きな魅力がある」と評価された。
歌集で一番楽しかったのが「あとがき」と言うほど散文にひかれていた。「作り方は短歌と同じ。短歌は言葉からできる。街中で何げなく目に入った5文字から自然と連なってできてくる。小説も構造や視点、人称を考えず書いていた」
大学生の真奈美は岩手の県議会議員を父に持つ。潤はゲイ、海外にホテルチェーンを展開する戦後成り金の家に育つ。真奈美と潤は新宿に通い、ホストの聖也に愛とお金を注ぎ込む。堕落してゆく真奈美は神々しくもある。「僕はバックグラウンドが潤と重なるが、気持ちや憧れは真奈美に投影している」。真奈美にはモデルになる人物がいるという。「大学時代のゲイバーでのバイトや起業した後もいろんな人と会ってきた」
国際興業グループ創業者の故・小佐野賢治氏は大伯父。大学院進学後に台湾で起業し、現在は台湾と東京を行き来する。次作は小佐野版「伊勢物語」。「フィクションでありエッセーであり、短歌でもある、というもやっとしたもの。セクシュアリティーとか社会的階層とかカテゴリーというもの自体がくだらない。自由に書いていきます」。小佐野家の物語もいつか書く。(中村真理子)=朝日新聞2019年7月3日掲載