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「百鬼園 戰前・戰中日記」書評 無情と「無為」のダンディズム

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2019年07月06日
百鬼園戰前・戰中日記 上 著者:内田 百間 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784766426038
発売⽇: 2019/05/29
サイズ: 20cm/400p

百鬼園戰前・戰中日記 下 著者:内田 百間 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784766426045
発売⽇: 2019/05/29
サイズ: 20cm/352,24p

百鬼園 戰前・戰中日記(上・下) [著]内田百閒

 映画「まあだだよ」の頃、黒澤明監督から「内田百閒は面白いよ」と聞かされて、百閒漬けになる。三島由紀夫も絶賛。本書は僕が生まれた昭和11年から19年の空襲前夜までの日記で2・26事件当日はたった一言「軍人謀反の噂を傳ふ」と無関心を装う。夏目漱石は日記は事実だけを記すべしと言っているのでその門下の百閒はそれを実践?
 例えば長男が重態、そして「間もなく死んだ」とそっけない記述。かと思うとコノハヅクの容態悪く、心配で何事も手につかない。百閒の不可解な無情感。
 全篇にわたり持病の結滞が悪く連日医師の診断を受けながらも、散髪は欠かさない。そして風呂は月1、2度程度。清潔癖なのか不精なのかようわからんけれど、熱い湯は苦手だった。生活の実体が見え隠れする中で、いつもお金に困って、その工面を百閒式錬金術によって乗り越えるが三日にあげず「無為」の記述が続く。百閒さんの「無為」は「何かしようと思つてゐる時の癖」らしい。その間、親しい佐藤春夫を頻繁に訪ねる。用件が見えてこないが、多分錬金だろうと想像するしかない。そんな佐藤は百閒の長女の仲人を申し出るが、断ったために長い2人の蜜月期が終焉を迎える。友人に対する一抹の未練もなさそう。情に流されない百閒のダンディズムとベタベタしない乾いた潔さは芸術魂か。
 在宅時、アポなしの突然の来客に悩まされることが多かったが、14年4月に、日本郵船に就職。錬金の苦労はなくなり、出勤も退社もタクシーでセレブな生活に変化。何もかもが前向きになった頃から次第に時代の雲行きは悪化。タクシー通いは乗り合い自動車、省線電車に替わる。
 このころ百閒の芸術は時代と裏腹に、「東京日記」や『北溟』などの名作を発表。16年12月8日大東亜戦争勃発。19年11月1日、戦火の中、「防空壕ニ這入ラウトスル」ところで日記は終わる。
    ◇
 うちだ・ひゃっけん 1889~1971。作家・随筆家。別号・百鬼園。『冥途』『阿房列車』『ノラや』など。