「江藤淳は甦える」書評 「転向」の言論人の精神読み解く
ISBN: 9784103524717
発売⽇: 2019/04/25
サイズ: 20cm/783p
江藤淳は甦える [著]平山周吉
江藤淳というと、夏目漱石論をライフワークとする文芸評論家であり、米国による占領や憲法問題について問題提起した保守的な論客として知られる。評者の世代にとっては、気づいたときには「偉い人」であり、「文壇の重鎮」というイメージであった。
が、同時にどこか、ナイーブなところ、さらに言えば、脆弱さを感じさせるところもあった。舌鋒鋭く、論理的な思考の持ち主でありながら、しばしば感情的になり、それを隠そうとしない。その印象は、愛する慶子夫人を追うかのように自裁したことでさらに強められた。
幼き日に失った母への思いを繰り返し語り、漱石を論じる際にも、兄嫁登世の存在をバランスを失してまで強調する。米国占領によって日本の主体性が奪われ、戦後の言論空間が歪められたことを弾劾する硬派の言論人は、どこかロマンチックと言える、独特な女性への思い入れがあることを予感させた。
本書は、江藤が自らの命を絶つ数時間前に、その絶筆を受けとった編集者による評伝である。江藤の著作はもちろん、夫人への手紙、関係者へのインタビュー、生まれ育った場所の現状確認を含む、まさに江藤の評伝の決定版といえる。幼き日以来の江藤の精神に秘められた独特の暗部を、丁寧に、しかしどこか同情をもって探る。大部の本であるが、江藤とはこういう人であったかと、新鮮さをもって読むことができた。
とはいえ、江藤の著作や言論のすべてを、彼のパーソナルな詳細によって説明するのが本書のねらいではないだろう。進歩派から保守派への「転向」を、西脇順三郎、井筒俊彦、小林秀雄、三島由紀夫、山川方夫らとの関係で読み解き、とくにプリンストン大学時代の講義などを詳細に検討することで捉えようとしているのが本書の白眉である。
江藤が提起した問題は、過去のものとなっていない。江藤を甦らせる一冊である。
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ひらやま・しゅうきち 1952年東京生まれ。編集者を経て雑文家(自称)。著書に『昭和天皇「よもの海」の謎』など。