山田航が薦める文庫この新刊!
- 『夏みかん酢つぱしいまさら純潔など』 鈴木しづ子・川村蘭太著 河出文庫 907円
- 『井上ひさしベスト・エッセイ』 井上ひさし著 井上ユリ編 ちくま文庫 1026円
- 『日本語と西欧語 主語の由来を探る』 金谷武洋著 講談社学術文庫 1199円
(1)は太平洋戦争後のアプレゲールの時代に彗星(すいせい)のように俳壇に登場し、突如消息を絶った伝説の俳人・鈴木しづ子の全句集と、その行方を追ったノンフィクション作家・川村蘭太による評伝の2部構成をとる。タイトルはしづ子の代表作で、「娼婦(しょうふ)俳人」という幻想をまとうことになる彼女を象徴する一句。丹念な追跡は驚くようなドラマを生んでゆく。しづ子のスキャンダラスな人物像にひかれて取材を始めたものの、一貫して冷静さを保ち、しづ子の生涯の「物語化」を避けようとする蘭太の姿勢には誠実さを感じる。
(2)は井上ひさし(2010年逝去)の膨大なエッセイの中から選(え)り抜いた65編をまとめた一冊。まず言葉があって、人間や社会はその下部的存在なのだというような考え方がにじみ出ている井上ひさしのエッセイが、昔から好きなのだ。「不動産広告のコピーは、いま」という一編は、昨今「マンションポエム」と命名されている現象を90年代にいち早く指摘していて、さすがの一言だ。
(3)は2004年に『英語にも主語はなかった』のタイトルで講談社から刊行された本で、文庫化にあたって改題された。著者はカナダの大学で日本語教師を務め、「日本語に主語はない」という主張から多くの日本語論を発表している。本書では古英語との比較へと論考領域を広げている。アカデミズムの国語学に対して批判的な論陣を張るが、日本語教育という前線に立つ「コトバの現場主義者」としての自負から来る姿勢なのだろう。=朝日新聞2019年7月6日掲載