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「三国志」と「三国志演義」の違いとは? 第一人者による2冊の事典でまるわかり

文:北林のぶお 写真:斉藤順子

人物伝で「正史」「演義」の出典を差別化

――2年前に渡邉さんが書かれた『三国志事典』は、正史がテーマ。今回は演義の事典になります。

渡邉 前回は、自分が今までやってきた三国志の研究を総まとめにしたいという気持ちもあって、一人で事典を執筆させていただきました。ただ、横山光輝さんの漫画でも、吉川英治さんの小説でも、日本で三国志と呼ばれているものはほとんどが『三国志演義』なんですよね。読者の方々からも「演義の事典は出ないの?」とよく言われました。
 みなさんが演義の方も読みたいのはわかっているんですが、『三国志演義』は口語体で書かれた白話小説で、僕が読めないところも多い。事典という形にするのは、プレッシャーがあります。そこで、専門家の仙石さんに共著をお願いしました。

――お二人の専門は時代が大きく違いますが、正史から演義の間には1000年以上もの開きがあるのですね。

渡邉 正史の『三国志』は、紀伝体で書かれていて、皇帝の伝記と臣下の伝記から成り立っています。だから、部分的に読んでも時代的な流れはつかめないし、65巻を読むのも大変です。一般の人でも読みやすくしてハードルを下げたのが『三国志演義』ですが、1000年も経つと語彙も違ってきます。
 さらに、主人公も変わっています。『三国志』を陳寿に書かせた西晉は魏の正統を受け継いでいるので、曹操が中心になっています。『三国志演義』ができる時代には朱子学が国家の学問で、その創始者である朱熹は僕と同じ諸葛亮マニアなんです。当然のように蜀漢を正統とした物語が描かれるわけですよ。

――本書では正史と演義の違いをどう表現されていますか?

仙石 魏・蜀・呉の人物事典のところで、演義に独自の部分は文字の書体を変えています。正史にもある部分は通常の書体を使って、どの記述が正史で、どこが演義なのかが分かるようになっています。

渡邉 実はこの作業が一番大変でした。章学誠という清の学者が、演義を「7分の真実、3分の虚構」と言っているものの、どの部分がフィクションなのかは、専門家でもなかなかわかりにくい。それをちゃんと見やすくしたものがあれば便利だと思ったんですが…。自分で作ると、こんなに苦労するとは(笑)。

“白眉”は名場面の背景解説

――演義の事典ということで特にこだわったページは?

渡邉 第7章の「名場面四十選」は、演義ではおなじみの場面が描かれた背景について、詳しい説明を仙石さんにお願いしました。文学的にどう表現されているのか、当時の社会背景とどう密接にかかわっているのかをまとめていただき、この本の白眉(特に優れたもの)でもあります。そもそも白眉の語源が、馬良(劉備に仕えた人物)なんですが(笑)。

仙石 『三国志演義』の中にもいくつかバリエーションがあって、実は日本と中国で読まれているものは違うんです。中国で演義といえば17世紀後半に成立した「毛宗崗本」ですが、日本で翻訳されたのはその前に出回った「李卓吾本」です。毛宗崗という人は、李卓吾本からどう修正したかの説明や、この場面で登場人物がなぜそう行動したかなどについて、批評を加えています。その部分は非常に面白く、日本で三国志マニアを自負する方々にとっても興味深いのではないかと思います。

渡邉 演義はいろんな物語を組み合わせてできたもので、成立するまでの過程ではさまざまな矛盾がありました。それを史実との整合性を高めて細部をつくりあげたのが毛宗崗本です。たとえば、曹操が関羽を「漢寿亭侯」にしたという話が、正史にもあります。日本では、「寿亭侯」の印鑑をもらった関羽が喜ばなかったので、漢の臣下であることを明確にする一文字を加えたと知られています。ですが、そもそも「漢寿」というのは地名なので、毛宗崗本では、漢の文字を後から加えたのは削除されています。とてもいいフィクションなんですけどね。

仙石 漢の字があったぐらいのことで喜ぶような関羽では、中国の人々が考える関羽の人物像として望ましくない、という理由もあったのではないでしょうか。

――読者に2冊の事典をどう使ってほしいですか?

仙石 私自身が使うときは、正史と演義の違いがわかりやすいのがイイかなと思います。最近では、小説は読んでいなくてもゲームで武将の名前をよく知っている若い人も多いので、そういう方がいろいろ調べるために使ってもらえれば面白いかなと。

――強い武将やイケメンの武将も、根拠があったりするんですね。

渡邉 周瑜(呉の重臣)は正史で「美周郎」と述べられていて、ゲームでも彼の顔のグラフィックで売れ行きが変わるぐらい人気だそうです。小説だろうがゲームだろうが、三国志を楽しむときのお供にしていただくのが、事典の一番正しい使い方でしょう。
 それと、三国志にはたくさんの人物が登場してきて、専門家でも錯綜することが多い。吉川英治でも、張コウ(合におおざと)という魏の武将を3回殺してしまったと指摘されているぐらいですから。それらの人物を、原則として正史で書かれた順に整理できたことは意義深いと思います。

渡邉義浩さん

諸葛亮の「将星」が中国に現存?

――仙石さんと三国志の出会いは?

仙石 小学生の頃は、テレビで人形劇を夕方よく見ていました。劉備は仁の人というイメージで、かっこ良くて憧れました。18歳のときに中国の大学の文学部に入ると、周りの中国の学生は子どもの頃に『三国志演義』を原文で読んでいて、みんな劉備よりも曹操が好きなんです。しばらくは三国志以外の研究をやっていたのですが、演義に登場する貂蝉(「連環の計」で知られる女性)をテーマに論文を書いてみると、昔読んだときにはなかった感動があって。あらためて演義の世界にのめりこみました。

――劉備は中国では人気がないのですか?

渡邉 劉備は古き良きアジアのリーダーなんですよね。日本では西郷隆盛が近いでしょうか。特に今の中国だと、前に出ていかないと埋もれてしまう社会ですから、曹操のように自ら変革していく人物が人気なんです。諸葛亮もそんなに流行らない。僕に言わせれば『三国志演義』は、読んだ人が諸葛亮ファンになるように書かれているはずなんですけどね。

――名場面の中で、仙石さんの印象に残った人物は誰ですか?

仙石 地味だと言われそうですが、徐庶の母親です。徐庶は劉備が諸葛亮に出会う前にようやく見つけた軍師で、母親を捕らえた曹操によって偽の手紙で呼び出されます。親孝行な徐庶は母親の元へと行きますが、母はそんな我が子に怒って自害してしまうんです。この話は、初めて読んだ頃にはそこまで印象に残りませんでしたが、自分が母親になって感じるものがあります。忠よりも孝が大事だと考えて徐庶を送り出す劉備にも、グッと来ますね。

仙石知子さん

――渡邉さんはもちろん、諸葛亮がきっかけですよね。

渡邉 高校2年のときに吉川英治の三国志を読んで、諸葛亮の悲運にひきつけられたんです。そのまま入れ込んで、三国志の勉強をしようと理系から転向して、今に至ります。だから、好きな場面は五丈原しかありえません。流れ星が落ちてきて、諸葛亮が「あれが私の将星だ」と言う場面があるのですけども。衝撃的なのは、五丈原に行くとその隕石があるんです(笑)。特に案内もされていないので、観光客は誰も気付かないのですが、諸葛亮好きにとってはたまりません。今回の事典にも、私が撮った写真を載せました。

――巻頭にある赤壁などのカラー写真も、すべて渡邉さんが撮影されたというのに驚きました。

渡邉 東京と福岡で開催される特別展「三国志」では、曹操のお墓「曹操高陵」の出土品が展示されていますが、曹操高陵のほかにも、彼の孫かひ孫世代のものとされる同じ形式の墓も見学させてもらいました。そちらの墓の写真も貴重かもしれないです。

呂布と司馬懿を好きになれない理由

――出版社の「三国志関連書特設サイト」で刊行を記念して実施しているクイズの賞品を、撮影用に用意していただきました。これは、川本喜八郎作の人形を再現した関羽のフィギュア。

渡邉 関羽が持っている青龍偃月刀は、重さが50キロあるんですよ。東大で授業をしたときに、青龍偃月刀を振り回すためには700キロの握力が必要というレポートを提出した学生がいて。関羽の握力は700キロだと(笑)。

――ファンが議論する際のネタになりそうですね。誰が一番強いとか。

渡邉 強いのは、もちろん呂布ですよ。正史でも演義でも圧倒的です。ただし、当時は武将が一騎打ちすることは基本的にないので、個の強さはあまり意味がないかもしれません。軍を率いて強いのは曹操でしょうね。

――呂布は裏切りを重ねる悪役ですが、なぜか人気があります。

仙石 演義からすると、自業自得な人物だと思いますよ。吉川英治の三国志では、呂布の愛した女性である貂蝉が自殺するストーリーになっていますが、呂布は彼女のことを忘れられず、似ている女性を愛人にして「貂蝉」と呼んでいるんですよ。そういう男性は、女性からは支持されないと思います(笑)。

渡邉 2010年のテレビドラマ「三国志 Three Kingdoms」では、ピーター・ホー演じる呂布が女性に優しい男で、彼を支えていく貂蝉の姿も描かれています。正史だと貂蝉は登場せず、呂布も単に武勇伝が残っている人物ですが、現代の視聴者にはそういうストーリーの需要が生まれているということでしょうね。

――渡邉さんが「コイツは許せない」という人物は?

渡邉 司馬懿(諸葛亮のライバル的存在でもある魏の中心人物)ですね。だって、首が180度回るんですよ。中国では今、司馬懿が人気で、彼が主人公のドラマが2017年に放映されたんです。諸葛亮を差し置いて、許せない(笑)。

――日本でも三国志の二次創作が多くありますが、さまざまな解釈やアナザーストーリーが生まれ続けている。

渡邉 民間説話のようなものはけっこうあります。関羽の顔が赤くなった過程を描いたり、諸葛亮が気球を作ってみたり…。たとえば1920年代に中華民国で書かれた『反三国志』は、蜀が三国を統一するというフィクションですが、個人的には文学として楽しめない。そこには、僕の好きな諸葛亮の悲運がないから。

――三国志の物語が後世に伝えられていく際にさまざまなブレが生まれたのを、いったんまとめあげて完成した文学が『三国志演義』というわけですね。

渡邉 話にブレがあった方が面白いという人もいれば、文学としての完成度が優れていた方が良いという人もいる。人によって好みや解釈が違うからこそ、三国志について議論をするのは楽しいのでないかと思います。

仙石 劉備が死ぬ際、諸葛亮に後を託す場面でも、先生と私では解釈が違いますし。

渡邉 それについては『三国志事典』と『三国志演義事典』を読み比べていただくとして。みなさんにも、三国志を話題にするときの有効な武器として、2つの事典を使ってほしいですね。