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伊坂幸太郎流“異世界転生”の物語 漫画との異色コラボ「クジラアタマの王様」

文:高津祐典

会社にいそうな、リアルな登場人物たち

――漫画とのコラボレーションも気になるのですが、まずはキャラクターから聞きたくて。この小説で一番気になった登場人物がいるんですが……。「部長」です。

 めちゃくちゃ、脇役じゃないですか(笑)。ああいう上司がいた経験があるんですか? 僕も会社員だったんですけど、社会人になってびっくりしたのは、本当に漫画に出てくるような嫌な人っているんだなあ、ということでして(笑)。「本当に仕事サボる人いるんだ」とか、「仕事を他人に押し付けて、平気なんだ」とか。そういうことが念頭にありました。この本のテーマはそこにはないんですけどね。

 あと、謝罪会見のスリリングさを書きたいというのはあって、言っちゃいけないことを「もうどうでもいい!」みたいにしゃべっちゃう、とかそういう展開を考えていたんですけど、その肉付け的なところは、過去の会社員時代の経験を参考にしているんですよね。サラリーマンパートをどうしたら面白くできるかわからなくて。参考書的に、池井戸潤さんの小説を読んだりして。

――池井戸さんですか! 何を読んだんですか。

 「七つの会議」とか。前から池井戸さんの本、読んでたんですけど、だから今回は、新商品が売れた喜び、というのを小説の初っぱなにやっちゃったりしているんですよね(笑)。あと、さっきも言ったように、会社員の部分は自分の会社員時代のことを思い出して、実際はあんなことはなかったですけど、いたら嫌だなとか、あと、仕事ができる人ほど仕事が増えていく法則とか、そういう、理不尽なことを思い出しながら書きました。

――「部長」の下で理不尽に耐えて頑張っている係長の女性「栩木さん」が象徴的です。

 単純に「部長」との対比で書いていたんですけど。真面目な人の希望の星、みたいな(笑)。

――対比というと、「栩木さん」が「部長」にいじめられる場面もありますね。

 単純に、お子さんが微妙な年齢の時に、仕事をしているのは大変だなあ、とよく思うので。お父さんもそうですけど、熱を出して呼び出しもあるじゃないですか。だから、単純に子どものことをやりながら、会社でも苦労している人を出したかったんですよね。売れた商品の担当者が、そういう子育ても仕事も頑張っている人だったら良いなあ、という思いからあんな感じに(笑)。

――女性の描き方に伊坂さんらしさが出ていると思うのですが、「栩木さん」もそうですね。

 女の人の描き方がよく分からないので、というか男の人のこともよく分からないんですけど(笑)、だいたいこういう感じになってしまうんですよね。

――阿部和重さんと共作した「キャプテンサンダーボルト」のとき、2人で女性読者をどう意識するかという話をしたとおっしゃってましたね。

 ああ、ありましたね。僕も阿部さんも自分たちの好きなものを詰め込んで小説を書いていたんですけど、急に、「女の人が読んでも面白いのかな?」ってオロオロしはじめちゃって(笑)。そういうのは考え出すと、もうよく分からなくなっちゃいますね。

小説でアクションを書くのは難しい

――リアルな現実を描いている部分がこの小説の一つの肝だと思うんです。ここがしっかりリアルだから、この小説の「仕掛け」が生きているというか。

 漫画部分はけっこうファンタジーだから、小説部分はリアルなもので押し通しているんですよ。だから比較的、現実でも起きそうな、会社のこととか、猛獣とか、インフルエンザとかを描いています。「部長」も十代の子とかが読んだら、「こんな漫画みたいな人いない」って思うかもしれないですけど、残念ながら、いるんですよね(笑)

――そして、現実をリアルに描いた小説のところどころに、数ページの漫画が挿し挟まれている。

 これは昔からやってみたかったことで。アクションって小説で表現するのは難しいんですよ。頑張って描写しただけ、になっちゃうというか。「だったら映像にした方が早いじゃん」と思っちゃうんですよね。カーチェイスなんかも、頑張って書くことはできるけど、映像があるならその方が迫力あるよねと。だから昔から、小説の中に漫画が入ってきたらいいなと思っていて、でもそこに日本の漫画みたいなのが入るのも違うなと。もっとシンプルで、図っぽいものがいいなと思ってたんですけど。

――動きが活劇的に日本の漫画みたいに動いちゃうと、違うと。

 迫力が出すぎてしまって、小説とは違うものになっちゃいそうな気がするんですよ。できれば、止まった絵で見せたい。同じような絵が続くと、時間の流れが見えたりもしますし。小説では難しいところを絵で表現してもらう。今までは小説で頑張って書いていたんですけど、一回ぐらいはこういうズルをしてもいいのかな、と(笑)。それで昼はサラリーマンの現実的な日常で、夜になると、僕は「モンスターハンター」ってゲームが好きだったから(笑)、そういうゲームの世界にいくっていう話を(編集者と)していて。そこからどうするかが大変で。

――いわゆる異世界転生ものですよね。ライトノベルでは、しばらくブームになっています。

 これ、伊坂幸太郎の異世界転生もの、として受け止めてもらえますかね(笑)。僕の場合「スイカに塩」じゃないですけど、一方を異世界にすると、もう一方はサラリーマンとか働いている人にしたくなっちゃうんですよね。「剣と魔法の世界」と反対側にあるのは、「満員通勤電車の世界」というようなイメージで。

――まったく予備知識なく読み始めたので、がつんとサラリーマン小説が始まって、謝罪会見になって、いったいどこに連れて行かれるんだろう、と。そしたら、ここかあ、と。

 読者は異世界ものだと思って読んだら、いきなり製菓会社の話が来ますからね。どういう層の読者に向かって書いているのか、自分でも分からないです(笑)。

コラボレーションが多いのはなぜ?

――コラボレーションという点では、伊坂さんは小説を拡張するような取り組みを数多くされているなと思っていました。「モダンタイムス」は漫画とコラボしていますし、「キャプテンサンダーボルト」では阿部和重さんと文体まで混交させていました。今回はどういう位置づけなんでしょうか。

 本当をいうと、コラボレーションにはあんまり興味がないんですよ。矛盾してしまうようなんですけど、小説は一人のこぢんまりした世界だと思っているんですよ。ただ、たまたま依頼が結構あったんですよね。「SOSの猿」の五十嵐大介さんとか、ミュージシャンの斉藤和義さんとか。自分の尊敬するアーティストだから、「それはぜひ!」と受ける感じで。でも、実際にやっていることは、自分の小説を書くことだけ、なんですよ。「ガソリン生活」で寺田克也さんに挿絵を描いてもらう、というのと同じで。やってることは、一人で小説を書くだけ、という。

 違うのが「キャプテンサンダーボルト」で、僕の中では唯一、あれだけなんですよ。自信を持って誰かと小説を作った、二人でしかこの小説はできなかった!というのは。本来は一人でしか作れないものを二人で完成させたということで、あれはすごいものができたと今も思っていますし、ほかの人たちが真似できるなら、やってみてほしい、とさえ思うというか。

 「クジラアタマの王様」は、それとも別の立ち位置といいますか。明らかに僕の小説に「入ってもらっている」ので、他のコラボレーションとも違うんですよね。自分の小説をより良くするために、力を貸してもらった感じで。絵を描いている川口澄子さんのことは担当の編集者が教えてくれて。頼んだら、色んなアイデアを出してくれて、感激しました。僕が書きたい世界を絵の担当として全部表現してくれて、ありがたかったです。

――積極的に自分の世界を開いて、「入ってきて」とやったのは今回が初めて、と。

 そうなんですよ。ただ、「こうしたらわくわくする本になるのでは!」という思いだけで作ったんですけど、今になって、「ずるじゃないのかな。自分で描いているわけじゃないし」と不安になってきたりして(笑)。

 挿絵と何が違うのか自分なりに分析すると、挿絵は、小説に存在する物や出来事を絵にしているんですよね。ワンシーンを再現している。でも今回は、小説部分にはないところを描いていて、コミックはコミックで完結してるので、それは違うところですよね。

――どこに挿絵が入るかというのもディレクションしたんですか?

 したんですけど、担当編集者が提案してくれた部分も多くて。「ここに挿入しますけど、いいですか」と聞かれて「あ、いいですね!」という部分も(笑)。もちろん最終的にはそれをみて「どうしましょうか」というので考えて決めたんですけど。川口さんはこちらから何かを提案したら、100%、120%ぐらいの感じで「これはどうですか」と応えてくれて、とても心強かったです。イラストは基本的にはファンタジー世界を描いているじゃないですか。でも、あるパートだけ現実側の場面を表現しているんです。それは川口さんのアイデアで。「どこかで、絵と小説の役割を逆転させてみませんか」と言われて、面白いなあって。

――「胡蝶の夢」のような。

 だいたいこういう夢の話を書くと、「胡蝶の夢」と思われそうなので、もう、正々堂々と、「はい、胡蝶の夢です」と言える話にしちゃおうかな、と(笑)。小説パートだけでも成立するんですけど、コミックパートがあると、より広がりますよね。

 コミックパートがファンタジーじゃないですか。その分、現実パートに、非現実的な要素がないんですよ。僕の小説にはだいたい超能力とか、怖い悪者とか、国家的なシステムとか出てくるんですけど、今回は、出てこなくて。だから敵の作り方が難しくて。動物が脱走したとか、ウィルスとか、別に悪者ではないじゃないですか。悪者がでてこないという意味では新鮮で、描いていて、結構、やりがいがあったというか、楽しかったです。コミックがなかったら、たぶん、現実的なことだけでは書けなかったかもしれません。

――伊坂さんらしい「過剰なもの」が何かないとダメだ、と。

 そうそう。「ガソリン生活」だって車の視点っていうギミックがあるから書けた。そういう過剰なものがないと書けないんですよね。

子どもが生まれてから、いい人が死ぬ小説は書かない

――今回は夢と現実世界が入れ替わり描かれていますけど、他の作品でも入れ替わりというのは多いですよね。近作の「フーガはユーガ」は、過酷な家庭に育った双子が入れ替わりながら不条理に立ち向かう小説でした。

 まあ、ワンパターンなんですよ(笑)。昔、井上ひさしさんが「チルドレン」のことを「この作品のテーマはなりすましだね」と言ってくれて、そんなつもりはなかったんですけど、そうも読めるんですよね。たぶん、そういうのが好きなんです。

――作品の明るさと暗さというところではとてもシビアな出来事が立て続けに起こる「フーガはユーガ」とは対照的ですね。そういう振り幅はどう決めているんですか。

 この作品は結構、エンターテインメントですよね。最初からは決めていないです。「フーガはユーガ」も最初はあの双子も仲良し家族の設定だったんですよね。ただ、書きはじめると、「それでいいのかな?」とか悩んだり、いろんな要素が入ってきちゃって。

 実は、僕は子どもが生まれた頃から、いい人が死ぬ小説は書かないようになったんですよね。殺し屋とか悪いことした人は死んじゃうんですけど。それ以外の、いい人は、まあ、いい人の定義も難しいですけれど、とにかく、ひどい目にあっても生きてはいるんですよ。僕自身、自分や親しい人の死が本当に恐ろしいですし。ただ、「フーガはユーガ」は、その恐ろしいことを、まあ、小説の中でだけですけど、乗り切れるような語り方をふっと思いついちゃったので、そういう方向で完成させたくなっちゃって、そのせいもあって少し暗い雰囲気の作品なんですよね。
だからあれは特例、という感じで、一方の「クジラアタマの王様」はいつも以上に明るい、というか、健全というか、NHKの子ども番組でもいけそうな(笑)。

――文体もどこか明るさがあるように感じました。

 そうなのかな、文体は僕は一つしかないのであんまり変えられないんですけど、あんまり悪い人が出てこないせいかなあ。裏で動いている政治家は情報として出てくるだけだから、目に見えないし。

――伊坂さんの作品は、善悪というのは大きいですよね。「善対悪対悪」という構図もそうですけど。

 善も悪もなかなか判別できないですけど、本当に悪いのは誰なんだろう、その本当に悪い人をやっつけたい、みたいな思いがあるんですよね。ただ、今回は動物のトラブルにしても、誰も悪くないから、結構めずらしいかな。部長も、まあ憎めないじゃないですか。マスコミや政治家も、いいのか悪いのかわからないですし。たまにはこういう、健全なエンターテインメントもいいのかな、という気がします。毒っ気がないというか。頑張ってせいぜい、「部長」ですもん、毒が(笑)。

作品を通して「先入観」を覆したい

――異世界を構築するっていうところでは、どうだったんですか。

 担当編集者が、向こうの世界はどうなんだ、ハシビロコウの狙いは何なんだって、すごく気にしてくれて。僕は何も考えてないので(笑)。ハシビロコウも、西洋とも東洋ともつかない鳥で、何となく選んでいたぐらいで。世界観は最後の頃に決めたんです。僕は構造とディテールがあればいいじゃんっていう気持ちが相変わらず強くって。でも、やっぱり読者は納得感がほしいですもんね。ああ、そうだったの、って。

――大きなテーマ性ということでは、先入観を覆すというのが印象的でした。例えば、お菓子を詰める段ボールの商品名と、中身の商品が違っていたというエピソードも作中に描かれています。思い込みがあって、それに気づかない、という。

 これにかぎらず、先入観を覆したいというか、そういう話ばかり小説で書いている気がします。僕が先入観を持ってしまうからかなあ。

――先入観って現代のキーワードでもあるような気がします。

 実際に、情報と感情のバランスというのはあって、同じようなことをしても、世間の反応が変わったりする。どうなるかわからない。そういうのは盛り込みたくなっちゃうんですよね。「モダンタイムス」のころに、「インターネットに書いてあったら、嘘でも本当になっちゃのうでは?」という話を書いていて、思えばまだ当時はフェイクニュースとかそういう言葉もなかった気がするんですけど、そういうのが怖いし、興味があるんですよね。本人が「俺はAなんだ!」と言っても、「ネットに書いてあるからBでしょ」とみんなが思うかもしれない、というのが怖くて。

――そういう作品を書いてきた伊坂さんが、いまの情報社会を見ていてどう感じますか?

 どうなんでしょう。僕はだいたい、何も分からないし、だいたいのことが怖いので(笑)。ただ、インターネットを使う人たち、僕たちも、昔に比べて学んできているじゃないですか。デマについてや情報の扱いについても、「これはまずいパターンだよね」とか「嘘かもしれないよね」とか、学習していたり。昔、恐れていたほど、無法地帯ではないような気もしますし。一方でネットの自由がなくなるという人もいて、難しいですよね。ただまあ、すごく悲観する必要もないような気もしますよね。と言いつつ、僕はまあ、怖いんですけど(笑)。

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