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内貴麻美さん、京都・浄土寺の「古書善行堂」に連れてって

写真・文:平野愛

浄土寺橋で待ち合わせ

 大阪から京阪電車に乗って約1時間。終点の出町柳駅で降りて、歩き出す、わけではなくタクシーで浄土寺橋へ。少し早めについておきたかった。到着してから待ち合わせの時間まで周囲をひと歩き。琵琶湖疎水をまたぐ<浄土寺橋>はかの有名な<哲学の道>の起点でもある。実は学生時代、4年間ほぼ毎日この辺りを通っていたが、<浄土寺橋>をまじまじと見たのは初めてだった。

 午後2時。時間ぴったり、内貴さんがバスに乗って到着。

 内貴さんと会うのはこれが3回目。1回目は広島の本屋<READAN DEAT>での出版イベントだった。『窓から見える 世界の風』(創元社)という、目に見えない風を絵と学問的な解説で展開する珍しい絵本。一体どんな人が編集しているんだろうかと、興味津々で会いに行った。2回目は、私の写真集の出版イベントの時だった。そのどちらも、物静かな佇まいの中に、情熱をポコポコと沸騰させているように感じて、一度しっかりとお話ししたいと思っていたのだった。

 内貴さんは、神戸生まれ神戸育ち。中高はバスケ部に打ち込んだ。大学は京都で学びつつも、運動に明け暮れた反動か、ずっと我慢していた読書熱が爆発。聞けば、毎日のように大阪・堂島の<ジュンク堂>に通い詰めていたとか。アルバイトで勤めていた大阪の出版社<創元社>に就職して、現在8年目。2016年に編集された『翻訳できない世界のことば』(創元社)は、販売総数10万部を超える大ヒット作となった。その後「世界を旅するイラストブックシリーズ」として、最新作まで8作を展開し続ける大忙しの編集者なのだ。

 今にも雨が降り出しそうな曇り空。蒸し暑さがまとわり付いてくる。歩き出す前に自販機で水分補給から始めることに。内貴さんはスポーツドリンク、私は水を。

 この自販機からすぐ近くに<古書善行堂>があるのはわかっていたが、「ちょっと寄り道していきましょう」と私から提案した。

古道具店に寄り道

 路地の隙間を抜けて、知人のお店<古道具店 呱々>(こどうぐてん ここ)へとお連れした。

 <古道具店 呱々>は昨年オープンしたばかりの台湾・中国・韓国・日本の古道具を扱うお店。店主の平野まさこさんが”生活のもの・使えるもの”をテーマにじっくり選んだものが並べられている。平野さんのモノへの愛着が店内に溢れているお店だ。とくに古い家の整理に立ち会って引き取ってきたものも多く、その独特の目線に惹かれる。

 「これ素敵ですね。気になりますね」と内貴さんが指さす先には、二口の不思議な形の焼き物。花器かと思ったら、韓国のオイルランプとのこと。

 しばし二人で異世界に小旅行したひと時だった。なんだか心がスーッと落ち着く。これから<古書善行堂>へ向かうと言うと、平野さんが「そこの路地を抜けたら30秒で着きますよ」と教えてくれた。店主にサヨウナラをして、さらに細い路地へと向かった。

 人が一人ギリギリの隙間。ここを出て左手すぐが<古書善行堂>だ。タイムトンネルを抜けていくような約15秒間、内貴さんの背中を見て進む。

 内貴さんと店主の山本善行さんとの出会いは2018年。自身が編集した本を読んでもらいたいと<古書善行堂>を訪れたのがきっかけだったそう。初めて入った店内には一人の男子高校生がいた。彼は山本さんに「この前読み終わった詩集がとても良かったです。次は何を読んだらいいですか」と熱心に聞いていた。その関係性に心を打たれ、今もその光景が目に焼き付いているのだという。

 いよいよお店の前に立った。嬉しさと緊張と暑さとで、二人とも喉はカラカラ。もう一度スポーツドリンクと水を一飲みしてから、引き戸に手をかけた。

古書善行堂へ

 「いらっしゃい!よぉ来てくれた。お客さんが来るかもしれへんし、こーへんかもしれへんけど(笑)、入って入って!」山本さんが笑顔で勢いよく店内に招き入れてくださった。

 そう山本さんがおっしゃるやいなや、早速お客さんが入って来られた。「よぉ来てくれたなぁ」「何かおすすめある?」「これなんかどう?」という会話が始まる。まさに内貴さんがかつて見られたような光景を、すぐに目の当たりにすることになった。やり取りを聞かせてもらうと、なんと、倉敷から来た古くからのお客さんだった。横浜での吉田拓郎ライブを経て、この後に京都の出町座で映画を観る間に寄ったのだそう。山本さんがオススメする本を躊躇なく買い求める姿に、深い信頼を感じる。お会計の時に山本さんは何やら奥からガサゴソと白い紙を持って来られた。

 何事かと思ったら、できたてのオリジナルブックカバーだった。

 <古書善行堂>は2009年に、本職の傍ら”古本ソムリエ”として活動されていた山本さんが、満を持してオープンされたお店。そう。明日でちょうど10周年。それを記念してブックカバーを作られたのだ。「ケーキの包装紙みたいやろ」と言いながら、一日早いけれど馴染みのお客さんのためにカバーのお披露目会が始まったのだ。

 「初めてやからなぁ、できるかなぁ。いつかブックカバーつけたいなぁと思っててん。昔の話やけども、阪急百貨店の書籍売り場にカバーの付け方を見学しに行ったくらいやねんで。あそこのは丁寧やねん。こう、ここをちょっと切って折る。この一手間だけではずれにくいんよ。あ〜!上下、逆やったわぁ。(笑)」

 一同、大笑い。

 私たちも、いまお薦めの本は何かを聞いてみた。まずは新刊から。

 「これこれ、『科学絵本 茶わんの湯』(窮理舎)。2019年5月1日に出たばかり。大正時代に科学者として活躍してた寺田寅彦の随筆から、科学的な解説と文学的な解説を融合させて再構成したっていう、ものすごい綺麗な本。湯気一つでこれだけ話があるんかって、びっくりするよ。窮理舎は栃木で一人で頑張ってる出版社で、科学をテーマに雑誌『窮理』も刊行して、<窮理珈琲>っていう珈琲豆も焙煎しててね。これがまた美味しくって、もっぱらこればっかり飲んでるんよ。面白いよねぇ。」

 「次は、古本ね。いっぱいあるけど、昨日入ってきたばかりの左のこれ。『考現學採集- モデルノロヂオ-』(東京建設社/今和次郎・吉田謙吉 編著/昭和6年発行)。日常の中のなんでもない場所と時間と行動の統計。例えば面白いのが、”新宿三越マダム尾行記”。何それって思うでしょ。マダムが館内のどこを歩いたかを線で記録して、何をしていたかもこと細やかに書かれてるのよ。”脚線考現学”なんて、脚の形がひたすら描かれてるし、”鉛筆の置き方”一つにも徹底的な調査をしているのよ。今でも使えるし、笑えるし、感心する一冊ですよ。」

 あぁ、なんて楽しいのだろうか。山本さんから溢れ出る本の解説。二人ともその言葉に聞き入った。「ちょっと座るわぁ」とレジのある席に山本さんが座られた時、ようやくそこでポツリと内貴さんが話し出す。

 「すぐに答えが見つかるとか、すぐに役立つとか、そんな本が売れるとされる風潮を感じていて…最近ちょっと悩んでいます。もちろん、”売れる本”の存在は大切だとは思っているんですが、それだけじゃない気がしていて。このお店にいると、そういった葛藤から解放されるような、励まされるような気持ちになるんです。」

 とつとつと出る内貴さんの言葉に、じっと聞き入る山本さん。

 「うんうん。我々本屋からすると、内貴さんみたいな若い編集者にこれからもずっと頑張って欲しいなぁって思ってるよ。でね、古本屋としてできることってなんだろうって日々考えてて、その一つに少部数であっても内容のしっかりした”新刊”を取り扱うことかなと思ってるんですよ。京都でも街の小さな新刊書店はどんどんなくなってるでしょ。でも古本屋は新しい店も増えてるよ。だったら、小さな本屋が置いてたような新刊棚の役割を古本屋がちょっとでも担えたら、そういう本も作り続けられるんちゃうかなぁ、と思ってる。だからうちでは、新刊は平置きしているよね。お客さんに、見て見て!って、古本より目立つようにね(笑)」

 気づけば、約2時間が経過。山本さんから浴びるように楽しませてもらった本のこと。名残惜しくも、「また来ますね」とお別れした。内貴さんとは、この後お隣のカフェ<gorey>で冷たいカフェオレを飲みながら、この日の締めくくりをすることに。

 「本作りが好きだなぁって、改めて思いました。本作りの過程で、本が好きな人に出会えて、とても深く関われて、それが喜びなんです。2018年に編集した『本の虫の本』は、まさにそんな本の虫と言える人たちに、本にまつわる言葉を解説してもらったもの。それで、できてすぐに山本さんにもぜひ読んでもらいたい、置いてもらいたいと思ってお店を訪れたんですよね。今日はお話できて本当に楽しかった。私にとって本は消費されるものじゃなくて、やっぱり自分と向き合うものなんですよね。学問や芸術が、本という形で身近に生活の中にあるといいな。日常生活の見え方がほんの少し変わるような本を、また一つ作っていけたらいいな、って思います。」

 内貴さんのこれからも続く”新しい本作り”も、山本さんのこれからも続く”新しい古本屋作り”も楽しみでならない。本を作る人と届ける人の、とても大切な言葉のやり取りを間近で聞いたような時間だった。

 またいつの日か、私を本屋に連れてって。