本作は、警察捜査の模様がひとつの軸になってはいるが、単なる警察小説にとどまってはいない。なにしろ、事件は群馬で起こるものの、主な場面は四国遍路であり、現在進行中のできごとに様々な過去が呼応し、隠された謎と絡み合っていくのだ。そこから生まれてくるのは、悔恨と再生のドラマである。
定年退職した神場(じんば)は、妻とともに四国で巡礼の旅をはじめた。目的は、警察官として自分が関わった事件の被害者を供養するためだった。そんなおり、テレビのニュースで行方不明だった少女の遺体が発見されたことを知り、動揺する。神場が群馬県警の刑事だった頃、酷似した少女誘拐事件を担当したのだ。
16年前に起きた事件は、すぐに容疑者が逮捕され、懲役20年の判決となり、犯人は刑務所に収監された。だが、その後、新たな事実が判明したにもかかわらず、再捜査は行われなかった。神場はいまだそのことを深く悔やんでいた。かつての部下であり、娘の恋人でもある刑事から捜査の進捗(しんちょく)情報をときおり伝えられつつ、巡礼をつづけていく。警察官だった当時に味わった苦難や悲劇をふり返るとともに、いつしか自責の念をつのらせていった。
すなわち物語は、主人公の四国遍路を中心に展開し、その巡礼中における回想やいくつもの出会いを通じて、隠されていた秘密や主人公の押し殺していた思いが明かされていくのだ。作中、「自分は人生で、二度、逃げた」という言葉がある。慚愧(ざんき)に堪えない主人公の心情がひしひしと伝わってくる。
そして神場は、現場から遠く離れた旅先で、あたかも安楽椅子探偵のごとく事件の謎に迫っていく。この過程も読みどころだ。2カ月間におよぶ巡礼の先に見える意外な真相、明かされる過去とはなにか。
読み終えた人たちの評判が評判を呼び、人気作となったのも当然だろう。後悔と無念をかかえた者の心に深く響くミステリーなのだから。
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集英社文庫・821円=7刷24万部。4月刊。単行本を含めると累計26万5千部。「さまざまな人間ドラマが織り込まれ、骨太なミステリーを好む読者から支持されている」と担当者。=朝日新聞2019年7月27日掲載