『64』は、昭和64(1989)年に架空のD県で起きた少女誘拐殺人事件を巡るミステリー。2015年にNHKでドラマ化され、私は警察庁から来たキャリアの県警本部長の役を演じました。原作は単行本で600ページ超と分厚いのですが、気がつくと、「あっ、俺、息していない」と思うぐらいに夢中になって読みました。
主人公は、刑事畑が長い県警広報官の三上。心に傷を負いながらも部下を束ね、職務を全うしていく熱い男。私が演じた県警本部長は「下々の者」にはあまり興味がない人。ニコニコしながら、心は冷徹。そんな個性的な人物がたくさん登場するのも魅力です。
昭和から平成への「改元」、加害者の実名・匿名問題、警察のキャリアとノンキャリアの対立、子どもの引きこもりなど、令和元年の今と重なるテーマが多いのにも驚きます。ちりばめられたいくつものテーマが、一筋につながっていくところがすごく面白い。
落語家にとって、噺(はなし)の「絵が浮かぶ」と言われるのが褒め言葉ですが、この作品も、町並みや色、人物の顔や体格まで目に浮かんでくるのですよ。色は派手ではない、グレーや黒といったイメージがわーっと見えてきます。
著者の横山秀夫さんは群馬の上毛新聞の記者だったそうですね。正義を振りかざす記者たちの様子や県警の人間関係など、ディテールが緻密(ちみつ)。読んでいる自分も事件に巻き込まれてしまうような臨場感があるんです。
落語でもオチが大切ですが、この物語は大どんでん返しがあり、はあーっ、そういう結末なんだと、度肝を抜かれます。何度読んでも色あせない面白さですね。(聞き手・山根由起子 写真・伊ケ崎忍)=朝日新聞2019年7月31日掲載