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「待ち遠しい」「呪いの言葉の解きかた」 生き方への介入 切り返すには 朝日新聞書評から

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2019年08月03日
待ち遠しい 著者:柴崎友香 出版社:毎日新聞出版 ジャンル:小説

ISBN: 9784620108414
発売⽇: 2019/06/08
サイズ: 20cm/336p

呪いの言葉の解きかた 著者:上西充子 出版社:晶文社 ジャンル:人生訓・人間関係・恋愛

ISBN: 9784794970886
発売⽇: 2019/05/25
サイズ: 19cm/281p

待ち遠しい [著]柴崎友香/呪いの言葉の解きかた [著]上西充子

 美しい表紙とポジティブなタイトルに惹かれ、読めばほっとできるのではないかと思って手に取った『待ち遠しい』は、ほっとできるには程遠かった(良い意味で)。
 本書は、39歳・独身の春子を中心に、その住処の大家であり夫に先立たれた63歳のゆかり、ゆかりの甥の妻である25歳の沙希という、異なる世代の3人の女性の関わり合いを描く。大きな事件は起こらない。せいぜい、入院、警察の事情聴取、妊娠そして土下座といった、そう珍しくもないことが起きるだけである。にもかかわらず、私には全編が張り詰めたサスペンスのように感じられた。
 それは、この女性たちがそれぞれ、他者から浴びせられる様々な「呪いの言葉」を、受け止めたりかいくぐったりしながら、何とか自分の生きる場所を確保しようと努め続けているからである。
 「女やからねえ、あんまり仕事必死にやっててもかわいげがないでしょ?」「女に生まれてきたんやから、普通は子供ほしくないわけないと思うけど」「専業主婦だったのに夫の健康管理をしてなかったのか」「なんかのときには、男ががつんと言わなあかん」「あの子のことは、わたしがいちばんわかってるんです!」……。
 こうであるべきだ、こうであってはならない、と人の生き方に介入してくるこうした言葉が、日常にはあふれている。特に、独身で地味な仕事をしているロスジェネの春子は、そのターゲットになりやすい。穏やかな性格の春子は、違和感を覚える言葉にも、むきになって言い返すことはほとんどしない。しかし、物語の終盤で、春子はあることに対してきっぱりと「いやなんです」と言う。そして、薄日のさすような展望とともに物語は終わる。
 もうひとつ印象深いのは、経済的に厳しい家庭で育った沙希の言動に、成育歴の中で受けた傷が残っていることが、さりげなくリアルに描かれていることだ。ああ、そういうことはある、と、ひりつくような感覚が読後に残る。
 先に「呪いの言葉」と書いた。それは、上西充子の著作から借りた表現だ。上西は、仕事やジェンダーや政治をめぐって、人々の思考と行動を縛ろうとする諸々の言葉の具体例を、映画、コミック、国会などから取り出し、その問題点を説明している。それらとは逆に、人々をエンパワーする言葉の例、自らを解放する言葉の例も挙げ、「呪いの言葉」を切り返すための文例集もつけてくれている。悪意ある呪いが立ち込めている今の日本社会では、この本から元気を得られる人は多いだろう。
 その先に、呪いとは、解放とは、そして言葉とは何か、という思考の扉が待ち受けている。
    ◇
しばさき・ともか 1973年生まれ。『春の庭』で芥川賞。著書に『ビリジアン』『パノララ』など▽うえにし・みつこ 1965年生まれ。日本労働研究機構(現労働政策研究・研修機構)研究員を経て、法政大教授。