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「ラブをあげないと、ラブは返ってこない」 ファンの存在を意識して変化したdodoのバイブル

文:宮崎敬太、写真:有村蓮

ヒップホップが大好きだからこそ迷い込んだ創作の袋小路

 A-Thug、JJJ、BAD HOP、BIMなど、百花繚乱のタレントが輩出している川崎で、一人のラッパー/トラックメイカーに注目が集まっている。その名はdodo。彼はヒップホップの現場がインターネットにまで拡張した2012年ごろから活動を開始した。当時はまだ高校生。色白でメガネをかけた彼は表情の端々から幼さを感じさせた。だがラップは非常に攻撃的だった。しかも10代男子の青臭い陰湿さが全開にだった。その勢いのまま、2014年にサイプレス上野へのディス曲を発表する。だがdodoはビーフ(※ラッパー同士の争い)に敗れる。そして徹底的に非難され、満身創痍の状態で広大なネットの大海に沈んでいった。その後もさまざまなトラックメイカーたちの作品に参加していたが散発的なペースだった。

 だがdodoは2017年の「swagin like that」を皮切りにリリース数が飛躍的に高まる。2018年は4曲のシングルと2つのEP、そして2019年に入ると2月に1stアルバム「importance」、5月に「no pain no gain」、7月に「nothin」を立て続けに発表。さらに「FUJI ROCK FESTIVAL’19」の新人枠「ROOKIE A GO-GO」にも出演した。今回の「ラッパーたちの読書メソッド」はそんなdodoの愛読書を教えてもらった。

 「17歳で音楽を始めて、5年くらいはずっとラップのことだけ考えていました。当初はいろんなトラックメイカーと一緒に制作していたんですが、これがなかなか進まなかった。一緒にやる相手に気を使いすぎちゃうんです。勝手にプレッシャーを感じて、書きたいことを面白く歌詞に落とし込めない。僕の実力不足だったと思う。でも音楽はすごく楽しかった。人生で長く続けていきたいと思ったから、高校を卒業して音楽大学に進みました。そこで音楽の基礎知識、DTMについて、さらにはレコーディングやミックスなどについても勉強しました。

 卒業後、実家の自分の部屋でトラックも作るようになりました。2年くらい前からですね。トラック制作はラップ以上に自由だと思ったんです。ラップは難しい。まずヒップホップの歌詞はリアルじゃなきゃいけない。そうなると人生経験がモノを言う。その上で韻を踏まなきゃいけない。商業音楽だと割り切ってしまえばいいのかもしれないけど、僕はヒップホップが好きで音楽を始めているから、ヒップホップのマナーに対して真摯でいたかった。誰かと制作している時はそこを意識しすぎて、袋小路に入ってしまったんです。当時は1曲書き上げるのに数カ月くらいかかってましたね。そうするとだんだん書かなきゃいけない曲が溜まってきて、そのことにまたプレッシャーを感じてしまって……。悪循環でした。

 それでトラックも作り始めたんです。音楽で自分を表現できるなら自ら『ラップだけ』と可能性を限定する必要もないと思ったから。そしたらトラック制作は思った以上に感情を自由に表現できた。だから一時期は『もうトラックだけ作ってたいな』と思ってました(笑)。でもトラックだけで発表するのもなんだか味気ないし、僕自身ラップはできるから『せっかくだからラップするか』くらいのノリで作ったのが『swagin like that』だったんです」

 dodoは自室にマイクや機材などを導入してスタジオ化した。トラック制作からヴォーカルレコーディング、ミックスまでを自己完結できるスペース。一番いい状態で創作できるその部屋を「10GOQSTUDIO(天国スタジオ)」と名付けた。

dodo - swagin like that

 「swagin like that」はサイプレス上野とのビーフ以降に感じたことをラップした曲。タイトルにある単語「swagin」はおそらくダブルミーニングになっている。ひとつはスラングの「クールにやってる」、もうひとつは「揺らいでいる」。ヒップホップマナーに則って楽曲のヤバさをボースティング(誇張表現)しつつ、不安定な自分自身の内面も表現したのだ。1ヴァース目の冒頭「される否定、叫ぶ悲鳴、今日も疲弊 / あれもこれもちげぇ、デリバで死ね、できない刺青」ではしっかりとライミングしつつ、当時の心境と自身の立ち位置、制作の苦悩をラップに落とし込む。さらに音楽への純粋な探究心を「神」になぞらえて「俺は未だに神だって、信じるためにやるswagin like that」と歌った。ようやくプレッシャーから解放されて自然体になった彼は実力を発揮し始めたのだ。

僕しか書けないラインで、聴き手の人生にプラスを

 「今は音楽活動を続けながらできる仕事の資格を取るために職業訓練校に通っています。本当は音楽だけで食べていきたいんですけど……。あと実家暮らしなので、親の目も気になるし。僕、音楽ってやってれば、どこかのタイミングで勝手にバズって売れると思ってたんです(笑)。そういうもんだろうって。でも現実的にはなかなかそうならなくて。それで一時期『なんで僕の曲はバズらないなのかな』『僕にはファンがいないのかな?』と悩みました。僕は悩み事があるとすぐインターネットで検索しちゃいます。『ファンの作り方』とかでググったら、この本が出てきました。去年の夏くらいですね」

 そう言ってdodoが紹介してくれたのが『ファンベース』という新書。情報過多な現代のインターネット社会におけるマーティングについて論じたビジネス本だ。なぜファンは重要なのか、そもそもファンとはどのような存在か。ファンは何を見ているのか、何に熱狂して、何を支持するのか。そして、ファンからの愛をより深くするためにはどうすべきか、などがマーケティング戦略の視点から解説されている。

 「僕、歌詞で悩むと答えを活字に求めるタイプなんです。そういう時、よく自己啓発本を読むんですけど、『ファンベース』はこれまで読んだどの本よりもしっくりきた一冊でしたね。dodoのバイブルと言っても過言じゃないです!

 この本を読んで驚いたのは、どの業界のどんな企業でも売り上げの大半は熱狂的なファンが支えているということ。『浅く広く』ではなく『深く狭く』。そこからファンを広げていく、みたいな。この本を読んで、自分なりに『音楽とファン』みたいなことを考えました。そこで思ったのは結局、相手は自分の鏡なんだということ。僕がラブをあげないと、ファンも僕にラブを返してくれない。だから去年の夏以降に制作した作品からはそこをかなり意識してます。トラックは好き勝手に作ってますけど、歌詞に関しては『僕しか書けない』ことを強く意識するようになりました。

 例えば、同じ川崎でもBAD HOPさんのような『仲間とゲットーから這い上がる』みたいな曲はBAD HOPさんにしか書けない。そういう表現だからこそ、必要としている人に届いて、あんなにバズったんだと思う。だったら僕も僕しかできない表現をすれば、必要としてくれる人が反応してくれるだろうと思ったんです。僕しかできない表現は『弱さ』。それまでは韻をうまく踏んで、面白い言い回しができればいいと思ってたんです。けど今は聴いた人の人生のプラスになるメッセージも盛り込みたいと思ってます。ちょっと前に出した『nothin』は思い切りそういうことを意識しています。フックで『僕は変われる』と言ってるんですが、それは自分自身の実感でもある。昔と比べると僕の考え方はかなり変わった。だからこのラインがより一層効果的になったのかもしれないです」

dodo - nothin

 「この曲、YouTubeでPVを公開したらちょっとバズったんですよ。音楽に限らず、さまざまな仕事で僕と同じような悩みを持ってる人には、ぜひとも『ファンベース』を読んでもらいたいです。マーケティングの本ですが、僕は自分の人生にも照らし合わせることもできましたね。ちなみに僕は書籍じゃなくて、Kindleで読みました。結構手軽でオススメですよ」

 dodoは『ファンベース』を読む前後までリスナーの存在をまったく意識してなかったという。ただ純粋に音楽を作っていた。そして良い音楽を作ればどこかの誰かが発見してくれて、勝手にバズると考えていたのだ。「ファン」を意識してから、彼の歌詞は確実に変化した。そして取り巻く環境も好転しているように見える。

 不器用で誠実なdodoは自分に合った環境を見つけるまで少し時間がかかった。だが回り道した分、実力もつけた。新曲「renq」も最高だ。お盆休み直前のタイミングに公開されたこの曲は、楽しいメロディに合わせてがっちり韻を踏みつつ、面白い言葉遊びを連発して、さらに誰もが共感できる連休の悲喜こもごもを表現している。dodoはもっと制作ペースを上げていきたいと話していた。今度どんな作品が発表されるのか、楽しみでしかたがない。

dodo - renq