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「自分にとっての普通や、正しいと思う感覚が通じない世界が確実に存在する」 Daichi Yamamotoの3冊

文:宮崎敬太、写真:有村蓮

ロンドン留学で体得した「学ぶこと」の本質

 Daichi Yamamotoは日本人の父と、ジャマイカ人の母を持つ京都出身のラッパーだ。9月にリリースされた1stアルバム「Andless」は、ヒップホップ、エレクトロニカ、レゲエ、ファンク、ハウス、グライムなど、バラエティに富んだサウンドとリズムが詰まった作品のように感じられた。そんな感想を彼に伝えると柔らかい口調でゆっくりと自身のルーツを話してくれた。

 「ヒップホップMCのShing02をきっかけにラップを始めました。言葉づかいや言い回しがとにかくカッコ良くて、かなり影響されました。父が京都でクラブを経営していたこともあり、ライヴも結構見ましたよ。それが18歳だから、高校3年か、浪人の頃。その後、ロンドン芸術大学(University of the Arts London)に留学しました。昔から絵を描くのが好きだったので芸術の勉強がしたかったんです。でも日本の学校は受からなくて。浪人の時に『海外に行ってみたいな』と思うようになりました。それで調べてみたら、行きたいと思ったのはイギリスかオランダの大学でした。で、オランダは募集の時期が過ぎてたのでロンドンを受けました。

 音楽的な面で言うと、ロンドンにいた時は古いジャズやファンクをよく聴いていました。クラスメートや先生がすごく詳しかったので、いろいろ教えてもらいましたね。あと移民や学生アーティストが多い地域に住んでいたこともあって、レゲエやヒップホップ、グライムのパーティにもよく遊びに行ってましたよ。狭い地区にも関わらずいろんなパーティが本当にたくさんありました。特に意識したわけじゃないけど、そういう体験が今回のアルバムに自然と出ちゃったのかもしれません」

 Daichi Yamamotoにとってロンドン留学は知的好奇心を満たすものだった。ウィットに富んだ知的な教授。グッドバイブスな仲間たち。ロンドンの生活に大きな影響を受けた。それは読書についても同様だった。

 「実は、子供の頃は本が読めなかったんですよ。というか、文字を目で追えない。簡単な本は読めたのですが長い文章は読めなくて。そんなことを大学の担任の先生に話したら、実は彼も失読症だったと教えてくれたんです。でも訓練したら、ちゃんと読めるようになったって。僕自身、そんな障害があること自体知りませんでした。それで『ディスレクシアテスト(読み書きに関する脳機能の検査)』を勧められて受けたら、軽度の識字障害だということがわかりました。僕は単に自分が読めないだけだと思ってたので、(障害だと認識したことで)いくぶん気楽になりましたね。それ以来、意識的に文章を鉛筆でなぞるようにしたら、今までより本が読めるようになりました。

 ある時、人類学を研究している友達がカメルーンのバカ族の話をしてくれたんです。バカ族は低身長の民族として知られていて、弓で狩猟したり、森(精霊)と共存していたり、熱帯雨林での半狩猟生活を現代まで営んでいます。友達はバカ族の村に1年くらい滞在して、映像を撮ったりフィールドレコーディングして音楽を作ったりしていて。その人の話が面白くて、自分とは違った価値観で生活をしている民族に興味が出てきたんです。ふと、伝統を守って現代まで生活を続けていけているということは、幸せだからじゃないのかなって思いました。

 それで本屋さんで偶然見つけたのがこの『ヤノマミ』でした。ヤノマミは南米のアマゾンの奥地で暮らす先住民です。10000年以上前の伝統文化を残し、自然との共存を現代まで続けている。一番驚いたのは出産のシーン。ヤノマミの女性は出産した直後に、産んだ子供を生かすか殺すか決めます。母が抱きかかえれば人間として育てられ、放置されるとその場でうつぶせ寝にして赤子を精霊に戻す、つまり殺してしまいます。遺体はシロアリの巣に置いておく。その巣を3週間後に燃やすことで、生まれた子供は精霊になると考えられています。しかも平均出産年齢は14歳。

 このエピソードだけ聞くとパワフルすぎて面食らうんですが、本を読むと僕自身では全く想像もつかなかったような筆者なりの解釈があって、考えさせられますね。ヤノマミは狩猟民族で、狩りは男が担当してて(女性も魚を捕まえたりする)。避妊が浸透していないのでどんどん子供が増えてしまう。でも狩りで得られる食料には限界がある。ヤノマミの女性が子供を精霊に戻す儀式は、子供が増えすぎないようにするための暗黙のルール?ではないか、と筆者の推測が書かれていました。実際ヤノマミにはほとんど年子がいないそうです。価値観が違うので衝撃の連続でしたけど、どこか共通することもあったり、自分にとっての普通や、正しいと思う感覚が通じない世界が確実に存在するってことを改めて感じて。京都、ジャマイカ、イギリスに住んで自分が感じて悩んできた 『生活のズレ』 も納得できたように思います」

Daichi Yamamoto - Brown Paper Bag

「差別」というトラウマと知識で向き合う

 「(ロンドンで)ジャマイカ人街に引っ越す前は貧乏で本当に安いアパートに住んでたからショッキングな出来事も多かった。中でも衝撃的だったのは、コロンビア人の物件に住んでた時。ある日帰宅して冷蔵庫を開けたら、見たことのない物体が入ってて。よくよく見てみたら、サランラップに包まれたデッカい麻薬だったという(笑)。彼らが売買に使ってた物件だったんですよね。狭い部屋にルームメイトもいてそいつがまた完全にジャンキーで、僕がそいつの薬物を盗んだとか謎の言いがかりをつけて、いつも脅してきましたね、速攻で引っ越しましたよ。その後6回ぐらい引っ越しました。こうやって話すと面白話みたいな感じだけど、当時の僕にはものすごくストレスでした。そしたらある日、パニック発作が起こるようになってしまって。学校にも全然行けなくなりました。

 でも大学の担任の先生が本当にいい人で、鬱みたくなってしまった僕を呼び出して、二つの課題を出してくれたんです。ひとつは古代ギリシャの哲学者、エピクロスについて調べること。もうひとつは昨日自分を幸せにしてくれたことを毎朝3つ書き出す、ということ。専門家のカウンセリングを受けながら、僕はその課題を少しずつ進めていきました。すると、エピクロスは『人間は幸せになるのが一番簡単なんだ』という考え方の哲学者でした。さらに、自分を幸せにしてくれた3つのことを書き出すというのも、自分にとってものすごく良かった。本当に小さなことなんですよ、昨日いいうんこが出たとか。でもそれを毎日続けることで、徐々にマインドシフトすることができた。すこし時間がかかったけど、パニック発作は回復したんです。

 この時、ヨーロッパの人たちにとって哲学はものすごく身近なものなんだなって思いました。勉強はできないのに哲学だけはものすごく詳しいクラスメートもいましたし(笑)。みんな、人生や幸せに対する考え方のベースを持ってるんです」

 話は少し逸れるが、欧米のメンタルヘルスケアはカウンセリングによる対話が基本だ。海外の映画やドラマで、問題を抱えた人たちが輪になってグループトークをしているシーンもまさにその一環。日本は投薬医療がメインだからあまり馴染みがないと思うが、世界的にはカウンセリングのほうが一般的と言われている。カウンセリングの目的は、自らの体験を話し、相手の言葉を聞くことで、問題を多角的に捉え、知ることにある。それが自分なりの対処法を見つけるきっかけになる。 

 Daichi Yamamotoがパニック障害を克服したエピソードは、カウンセリングの過程に近いものがあると感じた。問題を認識することで、解決方法を自分なりに見つける。そんな経験も相まってか、彼は人間の意識/無意識に興味を持つようになった。そしてさまざまな本を読む中で、レナード・ムロディナウの『しらずしらず――あなたの9割を支配する「無意識」を科学する』にたどり着いた。

 「この本には無意識が“しらずしらず”意識に影響を与えてしまっているという話が実例とともにたくさん紹介されています。意識とは自分が認識しているもの。無意識は認識してないにも関わらず、体や心が勝手に反応してしまうこと。紹介されているエピソードは、『ほんと?』みたいな話ばっかりなんですよ(笑)。例えば目の機能は正常だけど視界を司る脳の部位を損傷している人の話。つまりその人自身は映像が見えてないんですよ。でも廊下に障害物を置いて歩いてもらうと、その人は障害物をすべて避けたそうです。脳が認識していなくても、目自体にさまざまなデータが蓄積されていて、そこに体が無意識に反応したというんです。

 個人的に興味深かったのは、差別や偏見、物事をカテゴライズする本能に関する記述でした。この本によると、人間は無意識に蓄積したデータで“しらずしらず”物事をカテゴライズして偏見や差別してることがあるそうです。僕はこれまでの人生で差別または偏見を受ける事がたまにありました。昔、女の子に俺の肌を触りたくないって言われたこともあるんですよ。『だってなんか汚ねえじゃん』って。それはアルバムに入ってる『Be Good』という曲で歌詞にもしました。そういうことでいろいろ悩んでたし、消化できないというか、すっきりしないもやもやした気持ちもあった。でもこの本を読んで少し救われたんですよね。彼ら彼女らは無意識に刷り込まれた思い込みで、考える余地もなくやっちゃってるんだって。だから差別や偏見を正当化するつもりは一切ないけど、知識を持つ事で冷静に物事を見つめることが出来たので僕は個人的に少しだけ楽になれた」

Daichi Yamamoto - She II Feat. jjj

フランク・オーシャンが大好き

 1stアルバム「Andless」というタイトルは「Undress」の綴りを変えたものだと言う。

 「“脱ぎ捨てる”という意味ですね。僕は曲名がアルバムタイトルになるのがあまり好きじゃないので、“Undress”のアルファベットを変えて“Andless”という完全な造語にしました。

 1stアルバムではこれまで自分があまり言ってこなかったことを言おう、いろんな面を見せていこうというコンセプトがありました。なるべく正直に。僕はフランク・オーシャンが大好きなんですが、彼はすごく正直に自分をさらけ出してるんですよ。だけど今まで僕が作ってきた曲には、あまり自分の考えが反映されてなかった。何かを表現する時に、あえてフィルターをかけてボカしてしまったり。でもそうすると、不思議とあんまり人の記憶に残らないんですよね。だから今回は自分にとってもチャレンジでした。

 最初のほうは、『こんなふうに言ったら相手にどう伝わるのかな……?』と思ってすぐブレーキをかけた表現をしちゃってたんですよ。でも何度かやっていくうちに、徐々に。それこそ差別の話なんて、昔だったら絶対にこんなふうには言わなかった。ちなみに最後に紹介する本は、そのフランク・オーシャンが作った『Boys Don't Cry Magazine』です。アルバムを出した記念に、レーベルの人からプレゼントしてもらいました。実はこの本、入手するのがすごく難しいんですよ。だから自慢したくて持ってきたんです(笑)」

 フランク・オーシャンは自身がゲイであるとカミングアウトしたR&Bシンガー。ここ数年で性のあり方は劇的に寛容になっているが、その流れの一端は彼のカミングアウトも関係している。それまでのヒップホップ/R&Bシーンはマチズモが主流で、ゲイはタブー視されていたが、彼に触発されたアーティストたちが次々とカミングアウトしていった。

 「フランク・オーシャンは音楽も大好きだけど、そうした立ち振る舞いもカッコいい。この『Boys Don't Cry Magazine』はフランク・オーシャンの音楽の雰囲気を違うフォーマットで表現したような本なんです。僕は絵を描くのも好きで、大学ではインタラクティブアートの勉強をしていました。だから今後は音楽だけではなく、自分が勉強してきた知識を活かせるような表現もやっていきたいと思っているんです」

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