辛島デイヴィッドが薦める文庫この新刊!
- 『おばちゃんたちのいるところ Where The Wild Ladies Are』 松田青子著 中公文庫 691円
- 『劇場』 又吉直樹著 新潮文庫 529円
- 『リフォームの爆発』 町田康著 幻冬舎文庫 648円
(1)は落語や歌舞伎などにインスパイアされた連作短編集。リストラされ「灰色のナマケモノと化していた」営業マンから、「心も体もボロボロ」になりながらも子どものために働くシングルマザーまで。孤立した若者の前に救世主のごとく現れるのは「おばちゃんたち」。能力は様々だが、実はみんな幽霊。死者の知恵で現代の常識を覆す女性たちの生き様(死に様?)は清々(すがすが)しい。
(2)はデビュー作『火花』で芥川賞を受賞した著者が、『火花』より前に書き始めていた小説。語り手は演劇に全身全霊を注ぐ演出家。その自己陶酔は対人関係に支障をきたし、ついには長年の恋人に「わたし、お人形さんじゃないよ」と言わせてしまう。狂気が人を創造へと促すのか、創造する行為が狂気を加速させるのか。演劇に限らず、新しいものを生み出そうと苦心している人は、目をそらしたい気持ちをこらえながら一挙に読んでしまうのでは。
(3)は現代日本が誇る異才の小説家が、職人へのお茶出しからビニールクロスの選択まで、自宅の改修工事をめぐるあれこれを語り尽くすリフォーム文学。書き手の苦悩は切実だが、読んでいる方は終始愉快。特に工事が始まり、多彩な人物が「マーチダ邸」を行き来する後半は痛快。書き手が職人たちに対して常に遠慮がちなのは、自らが言葉を紡ぐ職人だからでは。そう勝手に想像してしまう。日本発の片付けの「魔法」が世界で大ヒットしているらしいが、個人的には本書が訳され広く読まれる世界に住みたい。=朝日新聞2019年9月21日掲載