「カルカッタの殺人」書評 差別と格差 熱いマグマに圧倒
ISBN: 9784150019457
発売⽇: 2019/07/04
サイズ: 19cm/425p
カルカッタの殺人 [著]アビール・ムカジー
快楽殺人は出てこない。AI犯罪もコンピューターウイルスも大量破壊兵器も無差別テロも遺伝子操作もナシ。あるのは、太古からくりかえされてきた民族間の抗争と人間の尽きせぬ欲望、悔恨と倦怠と癒えることのない心の傷……そして人種を超えた信頼と友情、ほのかな恋である。
舞台は一九一九年の英国領インド。荒家(あばらや)が密集するカルカッタ(現コルカタ)のインド人街で英国人高官の惨殺死体が発見される。スコットランド・ヤードの敏腕刑事だったウィンダムとインド人の新米部長刑事バネルジーが捜査にあたる。モルヒネと阿片(アヘン)の助けを借りて生きている死にぞこないウィンダムが、志に燃える若きバネルジーと心を通わせてゆく過程は読みどころのひとつだけれど、それ以上に読者は人種、貧富、カースト……差別と格差が培養してきたエネルギーが噴き上がるときの凄まじいマグマに圧倒されるだろう。最初のページから灼(や)けつく太陽と熱風にさらされ、謎が謎を呼ぶ混沌とした坩堝(るつぼ)へ投げ込まれる。
「かつてジャングルとシュロ葺き屋根の小屋しかなかったところに、イギリス人は瀟洒な邸宅や記念碑を建て、街をつくった。そのために血の犠牲を払いもした。だから、ここはイギリス人の街だと言う者もいる。だが、そうでないことは、この地に五分もいればわかる」「最悪なのは偽善よ。イギリス人もインド人も、面と向かってだと愛想を振りまいているのに、心のなかでは嘲り、さげすんでいる。そう。ここは偽善者の土地なの。イギリス人は無分別な野蛮人に西洋文明の恩恵をもたらすためにここに来ていると言いながら、実際は金儲けしか頭にない」
利権争い、権力闘争、裏切り、隠蔽、諦め……。近ごろ少なくなった王道ミステリーに酔いしれて読了。そこでふっと思う。結局のところ、強者が弱者から搾取する構図は現代も変わらないのではないか、と。
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Abir Mukherjee 1974年ロンドン生まれ。本書で作家デビュー、英国推理作家協会賞ヒストリカル・ダガー賞。