杉江松恋が薦める文庫この新刊！
- 『アイル・ビー・ゴーン』 エイドリアン・マッキンティ著 武藤陽生訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 １２７４円
- 『捕まえたもん勝ち！ 七夕菊乃の捜査報告書』 加藤元浩著 講談社文庫 ９２９円
- 『寝ぼけ署長』 山本周五郎著 新潮文庫 ６８０円
新しく担当になった。どうぞよしなに。今回のテーマは「意外な作品」だ。
（１）英国からの独立を巡る論議が激化していた、一九八〇年代の北アイルランドが舞台である。無実の罪で辞職に追いこまれた警察官のショーン・ダフィが、現職復帰を賭けて大物テロリストの行方を捜す。おもしろいのは捜査の過程でダフィが密室殺人の謎解きをしなければならなくなることで、作者は島田荘司著『占星術殺人事件』英訳版を読み、影響を受けたらしい。歴史的過去に題材を採った警察小説と遊戯性の高い謎解きをどう融合させたのか。そこに注目してもらいたい。
（２）の主人公・七夕菊乃は元アイドルという変わった経歴を持つ新米刑事だ。作者は〈Ｑ．Ｅ．Ｄ．ｉｆｆ 証明終了〉シリーズという代表作のある漫画家で、本書で小説家デビューを果たした。「捕まえたもん勝ち」とは、犯人検挙を最大の目的とする刑事のシンプルなルールであり、七夕もこれを胸に刻み込んで同僚に負けじと奮闘するのである。成長小説の味つけもいい。
（３）時代小説作家の印象が強い山本周五郎の、現代を舞台にした珍しい警察小説が本書である。とある警察署に赴任してきた五道三省は、言動の呑気（のんき）さから「寝ぼけ署長」なるあだ名を奉られる。だが実は、大変な切れ者なのだ。「不正や悪は、それを為（な）すことがすでにその人間にとって劫罰（ごうばつ）だ」と断じる五道は、罪を犯した者もできる限り救おうとする。謎解きの答えだけではなく、彼の深い考えも深く知りたくなる短編集だ。＝朝日新聞2019年4月6日掲載
