二、三年に一度、母校に講師としてお呼びいただいている。母校がキリスト教主義の中高一貫学校のため、毎朝の礼拝でお話をさせていただくのだ。
私は平成元年、つまり令和となった今年から遡(さかのぼ)ること三十年前に中学に入学した。当時の校舎のうち二棟は数年前に建て替わり、残っているのは私が高校生の頃に建て直された一棟のみ。当時ピカピカだったその校舎は、今やすっかり歳月に磨かれ、そのくすみように「お互い年を取ったよね」と声をかけたくなる。
すでに退職なさった先代校長が、親しい牧師さんと顔を出して下さった。礼拝終了後、お茶をしようと食堂に向かい、飲み物の自動販売機を見て驚いた。すでに秋にもかかわらず、「あたたかい」飲み物が一本もない。「冷たい」飲み物も大半がジュースで、ブラックコーヒーなぞ念入りに探さねば見つからない。「若いねえ」「若いですねえ」と言い合い、甘いコーヒーをすすったが、自分が通っていた当時、そんな自販機の偏りは全く視界に入っていなかった。若いとはそれだけで健康で、美しく、そして少しだけ傲慢(ごうまん)だ。
顧みれば十代の頃、自分たちと同じ年代の少年少女を主人公とする小説を書いているのが、立派なおじさんおばさんである事実がひどく不思議だった。何十歳と年の離れた若い世代のことをどうして分かるのかと、いつも思った。
だが自分もおばさんと呼ばれる年齢になれば分かる。誰でも一度は幼かったからこそ、過ぎ去った時代のことは驚くほど鮮明に、眩(まばゆ)く感じられる。だからこそ、同窓会でかつての友人たちに会うとすぐ高校生当時に戻ってしまうように、人はいつでも昔の自分に帰れるのだろう。
ただ残念ながらそれは大人になったからこそ見える、一方通行の眩さ。少年少女側からすれば、自分のいる場所の価値はなかなか分からない。一方通行の端に立つ身からすれば、それがひどくもどかしく、そしてまた美しい。=朝日新聞2019年10月9日掲載
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