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「石川九楊自伝図録」書評 表現の原初に戻っては更に進む

評者: 長谷川逸子 / 朝⽇新聞掲載:2019年10月19日
石川九楊自伝図録 わが書を語る 著者:石川 九楊 出版社:左右社 ジャンル:伝記

ISBN: 9784865282443
発売⽇: 2019/08/01
サイズ: 19cm/330p

石川九楊自伝図録 わが書を語る [著]石川九楊

 石川九楊氏が自作の制作背景について語った本である。同時代の言葉と古典の大きな振れ幅の中に諸作品があることがよく伝わってきた。「古典への退却」から始まる細筆の複雑な抽象画のような作品、様々な言葉がコラージュされた作品群は、楽譜のようにもみえて音が聞こえてくる。
 石川氏は戦後の激しく変化する社会と関わりながら制作と評論を相互にダイナミックに進めてこられた。同世代の1人として共感できるところが多い。
 「書的情緒」を排除するために、墨の滲(にじ)みをなくすグレーに染めた紙に濃墨で書くといった試みには、壁や天井から既存の意味や情緒を剝ぎ取り、抽象的な一枚の面としてなりたたせたいとディテールを考え抜いた日々を思い出した。分野を超えて、どこかで通じ合う表現の模索をしていたのではないか。偶然とはいえ、氏が自らの画期とよぶ「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ」を書いた1972年は、私が初めて小住宅を雑誌で発表した年でもある。
 氏は初期、田村隆一ら荒地派詩人はじめ同時代の言葉を書くことをテーマに、書のありようを広げてこられた。しかし、常に表現の原初性に立ち戻っては更に先に進む。良寛のかすれを突き詰めた、雲の分子が踊っているような「兆候」、縦横の交錯が細かく連なる「歎異抄」の図形的な表現、枝が重なり木漏れ日のごとき余白を残す絵画のような「徒然草」。「葉隠」の斬ることを象徴する斜線の導入。斜めはバラバラにするイメージが私にある。
 私が主宰する「NPO建築とアートの道場」で、この春に若い建築家が行ったレクチャーのテーマが「荒地」だった。公共建築が企業の経済活動に絡め取られがちな今、繊細で優しさに溢れた彼らもまた時代に懸命に立ち向かっていて、その姿は新しい建築と社会が現れる予感を私に与えてくれる。そんなことも本書は思い起こさせるのだった。
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いしかわ・きゅうよう 1945年生まれ。書家。京都精華大客員教授。著書に『筆蝕の構造』『近代書史』など。