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「君の名は。」背景美術を手がけたイラストレーターが描く東京の夜の日常 M・ウルバノヴィチさん「東京夜行」

文:篠原諄也 写真:斉藤順子

東京は生命力を奪いそうな街だった

――本書制作のきっかけを教えてください。

 きっかけは大きく2つありました。まず前作の『東京店構え』は、東京の好きな部分だけを切り抜いて描いた本でした。好きじゃない部分には目を瞑って、あまり見ないようにしていた。それがずっと心に残っていたんですね。

 例えばどこか地名をネットで検索すると、観光名所など可愛い写真ばかりが出てきますよね。今回はそういう所ではなく、日常の風景を描いてみようと思ったんです。

 第二のきっかけは自分にとって、東京とはどういうものなのかを決めないといけないかなと思ったんですよね。宮崎駿さんは「風立ちぬ」の中で、戦闘機が好きだけれど戦争は反対だという、矛盾している考えを描きました。他にも僕が好きな作家のニール・ゲイマンが「自分の悩みを探るために作品を作ることが多い」と言っていたので、僕もずっとモヤモヤしていた東京への気持ちを探ってみたいと思ったんです。

――東京に対して複雑な思いがあったんですね。

 東京に最初に来た頃はワンルームのアパートに住んでいて、友達もいなくて寂しい時間を結構送りました。会社の仕事は楽しかったんですが、帰宅後は自分の作品を作りたかったので、企画を考えたり描いたりでずっと作業があったんですね。そういう生活が長く続くと精神的に難しくなることもあって。

 当時、東京は自分の生命力を奪いそうな存在でした。「こんな街で大丈夫かよ」という疑問がずっとあったんです。古いものを全部残さず取り壊して、新しいものを作る。ごちゃごちゃとしている街という印象でした。

 東京に来る前は神戸芸術工科大学に通っていたんですが、神戸に慣れた自分が東京のど真ん中に住むとかなりショックでした。神戸は三宮は賑やかで人がいっぱいいるけれど、ちょっと離れれば海も山もあって散歩ができたりする。でも東京はどれだけ歩いても全然街が終わらない。こんなに永遠に広い、どこまでも続く街は大丈夫なのかという思いがあったんですね。

――そうした思いと向き合うために描いたんですね。夜を描いたのはなぜでしょう?

 昼間の明るい東京より、夜の東京は本物の顔を出しているなと思いました。そもそも主に散歩するのが仕事が終わった夜だったので、夜の方をよく知っていたのもありました。

 あと、毎回作品を作るときは何かチャレンジをしたいという思いがあって。前作や「君の名は。」では、昼間の明るい東京を描けたという実感がありました。水彩画は暗い風景にあまり合わない描き方なので、あえて夜を描くのにチャレンジしてみようと思ったんです。

日本っぽくなる描き方とは?

――どのようにイラストを描いているんでしょう?

 まず、iPadで撮影した写真を見ながら、鉛筆で簡単にスケッチを描きます。その後に水彩紙に万年筆で線画を描いて、水彩絵の具で描いていきます。鉛筆や水彩絵の具で描くと気持ちがリフレッシュされるので、アナログで描くのが好きなんですよね。「今度は筆ペンで描いてみよう」とか毎回違うやり方を試すこともできます。時間は1枚を仕上げるのに大体2日くらい、長いものでは6日ほどかかりました。

――東京駅周辺、秋葉原、日暮里などのエリアの風景が描かれていますが、場所はどのように選んだんですか?

 いくつかの場所にロケハンに行ってみて、なんとなく決めました。秋葉原とか谷中銀座とか、好きな場所を歩いてみると、何か奇妙な風景も見つかるんじゃないかと思って。有名な所はわざと避けて、皆が入らなさそうな所に行きました。その場所に立った瞬間に「あ、これ描きたい」と思う所もあれば、写真であとで見直して「これ意外とよかったな」と思って描いたものもありましたね。

――ここを描こうとビビッとくるのはどんな時なんでしょう?どれも東京を歩けば出くわしそうな日常の風景だけれど、夢の世界のような不思議な雰囲気があります。

 自分の勘というんですかね。例えばギャラリーに行ったとして、壁にいっぱいある絵の中でも、なぜか足が止まってしまう絵というのがありますよね。同じように街を歩いていて「あ、ここだ」ってなんとなくわかるんですよね。

 ひとつ考えていたのは、ストーリー感は探していました。何らかのナレーションがあるような風景です。夢を見ている時って、理屈通りで違和感はないんだけど、起きたらなんでそんな展開になったのか分からないことってありますよね。そういう夢のような変なストーリー作りをこの本にも入れようかなという思いはありました。

――東京の夜の風景を描く際に心がけた点はありますか?

 普通の日常を描くために、小さいディテールを意識しました。例えば、マンションを描く時にも、室外機を描くと日本っぽくなるんですよね。室外機は皆が普段目にしているもので、綺麗かと言われれば別に綺麗じゃない。でもなんとなく、その風景を見ていると何かストーリーがありそうなんです。

 あとは、レストランや飲み屋がいっぱいあるところでも、その奥に建物を描いて、裏にも街が広がっているのを描くようにしました。遠くにも建物があるのが、東京っぽい風景なんです。

――暗い空の下に明るい電灯があったりして、一枚の絵の中の光のコントラストが印象的でした。

 夜の街をリアルに描くには、やはり光が照らされている部分を描くのが大事です。窓に反射した光や室内のライト、光っている自動販売機や信号機などはめちゃくちゃ注目したんですね。

 だから普段街を歩いていても、気付かないところに気付きました。例えば高層ビルは階によって光の色が違います。オフィスごとに違う照明を入れていて、光の色が違ったり、明るかったり暗かったりする。こういう風景はヨーロッパではあまりないですね。

――そのちぐはぐな感じは日本っぽいんですかね。

 ヨーロッパの街並みは統一感があって、昔レンガで作られた建物がずらっと並んでいたりします。でも日本はあまり統一感がないですよね。すぐに建物を壊しては作るので、違和感のある変なテンションが生まれるというか。新しいビルの横に古いビルがあったりして、作りもデザインも全然違う。階ごとに光の色も違う。夜に歩いてそんな風景をみると、変な雰囲気が出ていて面白いんです。

――ウルバノヴィチさんが背景美術を担当した「君の名は。」でも、背景が細部まで描かれていて、人物と同じくらいの存在感があるように感じました。本作は新海監督からの影響はありますか?

 いくつか影響を受けたポイントがあると思います。例えば夜のシーンでもかなりカラフルに描くことです。色を暗くして白黒に見えるような絵ではなく、グレーや青など鮮やかな色でも描いている。これは大きい影響だったなと思います。

 あとは日本の日常的な風景に美しさを見出して、それを描こうとしていること。僕自身、東京を美しいと思うかと言えばそうとは言えないかなと思うんですが、でもやはり描く風景で美しさを出そうとはしているんですね。

 僕が神戸の大学に入った時に、デジタルで描かれているアニメ背景では新海さんの作品が一番でした。それをずっと研究して見ていたので、多くの影響があると思います。街の風景をここまで描いたらなんとか作品になるんじゃないか。そうした感覚も、新海さんからの影響が大きいです。

東京はまるで鏡のような街

――ウルバノヴィチさんは描くときに、色々な芸術作品を参考にしているそうですね。

 版画や浮世絵などを見たりして、色々な所から影響を受けるようにしています。特に今回は版画家の川瀬巴水からの影響を受けています。彼の夜を描いた作品を見ながら、影のつけ方や空のグラデーション、ピンポイントに明かりを入れる所などを参考にしました。

 日本の今のイラスト系の業界で一番疑問を持っているところが、皆がスタイルが似ていることなんです。20・30代の世代は、同じようなアニメを見て育ってきた。自分でもこういうものを描きたいと思って、そればかりを勉強してきた。だから皆似たものを描くので、違うスタイルで描こうとすると理解されません。そういう日本の同質性の高い作品を見ていると、悲しいというか腹立たしいところもあって。そういう風にならないように、色々な作品から影響を受けるように意識しているんです。

――制作を終えた今、東京とはどんな街だと思いますか?

 最終的には自分の心の中の気持ちを鏡のように出してくれる街だと思いました。ひとりぼっちで歩くと寂しい街に見えるんだけど、人と明るい気持ちで歩けば楽しい街に見える。僕自身、かな(奥さん)と出会って一緒に東京を歩くようになってずいぶん印象が変わりました。だから、僕が最初に思った(複雑な感情とは何かという)疑問は無意味だなと思ったんですよね。どういうアプローチをするかによって、それに鏡のように答えてくれる街でした。

――今後はどんな作品を作っていきますか?

 もともとオリジナルの漫画やアニメを描きたいという思いが強くあります。自分で漫画を描いたこともありました。日本が舞台で作家志望の主人公が妖精のような存在と自分の魂と才能とを取引するというストーリーでした。ただ、漫画は出版するのが難しいんです。

 最終的にストーリー性のある作品を作りたい。それまでは毎回違った新しいことにチャレンジしていきたいですね。自分自身が意味があるなと思った作品を作る活動を続けていきたいなと思います。

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