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「公の時代」書評 「みんなのため」が個を排除する

評者: 長谷川逸子 / 朝⽇新聞掲載:2019年11月16日
公の時代 著者:卯城 竜太 出版社:朝日出版社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784255011356
発売⽇: 2019/09/24
サイズ: 19cm/322p

公(こう)の時代 [著]卯城竜太、松田修

 アーティストの発表の場で様々なトラブルが起きている。あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」は、テロ予告や脅迫で一時は中止に追い込まれた。文化庁の補助金不交付の決定に、「公」の役割とは何かと考えさせられた人も多いのではないか。
 本書は、2人のアーティストが時にゲストを迎えながら「公」と「個」をめぐって交わした刺激的な対話の記録である。2人の現状認識と強い危機感は、例えば卯城の次の発言によく表れていよう。「個性尊重の建前が力を持っていた、戦後民主主義をベースにした『個の時代』から、『一億総活躍』とかナゾのスローガンのもと個たちが肩を並べて公を尊重し、検閲もまかり通る『公の時代』になった」
 とかく「みんなのため」が優先され、排除の論理がまかり通る、そんな社会のありように本書は疑問を投げかける。みんなのまちづくり、みんなの建築とは言うものの、「個」を大切にしているように見せかけた「公」の「個」化であり、「個」の「私」化ではないか、と。個が集まって生まれるボトムアップ型の「公」は必要とされなくなっている。
 公共建築の世界でも役所や専門家が計画した枠組みを順守する案が優先され、建築家という「個」の思考力や創造力は期待されない時代が続いている。渋谷の開発を見れば企業の「私物化」が先行し、それらは公共性をうたいながら「同じようなターゲット層のみを想定した『閉じた公』」でしかないと松田は言う。
 同じ東京でも好対照なのが墨田区京島で、今も長屋と路地が残っている。私はそこで建売住宅と空き地の問題に関わり、町の人たちと接してきた。古くから住民が横につながり、コモンズ(入会=いりあい)が残る地域を見るにつけ、渋谷の開発には疑問を感じてしまう。
 個を排除して閉じてしまう公の時代に、私たちは生きている。2人のアーティストの問題提起は、芸術の分野にとどまらない。
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うしろ・りゅうた 1977年生まれ。美術家集団Chim↑Pomメンバー▽まつだ・おさむ 1979年生まれ。美術作家。