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鴻上尚史『「空気」を読んでも従わない』 負けて勝つ、しなやかで実践しやすいアドバイス

 10年ぐらい前にKYという言葉が流行(はや)ったが、K(空気)がY(読めない)という意味で、場の雰囲気に合わせない、合わせられない人を揶揄(やゆ)した言葉だった。今では使う人も少ないけれど、だからといって世の中の同調圧力がなくなったわけではない。

 電車に乗ると、他のお客様へのご迷惑となりますので通話はご遠慮ください、なんてアナウンスがある。なぜ電車の中で電話してはいけないのだろう。喋(しゃべ)るのは問題ないのに。うるさいというなら静かに話せばいい。たとえばこれが、会話はご遠慮ください、だったらどうか。喋っちゃいけないのだ。怖いぞー。

 もちろん鉄道会社がわれわれを抑圧しようとしているわけではない。「世間」が鉄道会社にそう言わせているのである。

 空気に従うなと主張する本はこれまでにもあった。そんななかこの本が踏み込んでいるのは、こうした空気のカラクリを「世間」と「社会」の違いから解き明かしている点だ。

 帰国子女の女の子がおしゃれな服を着て学校に通い、クラスでいじめられるようになったという相談への回答は印象的だ。父親は好きな服を着ていけといい、母親はそんなことしたらずっといじめられると心配した。それに対する著者のアドバイスは、負けて勝つ。学校では地味な服を着て、友達と遊ぶときは好きな服を着る。自分の軸足をクラスの外へ、つまり学校という「世間」から「社会」へ移すのである。空気に負けるな、と強弁するのではなく、しなやかで実践しやすいアドバイスは本書の真骨頂だ。

 知り合いと「世間話」をするだけでなく、知らない人と「社会話」(著者の造語)をせよというのも面白い。

 「社会話ができるようになること」「自尊意識を持つこと」「仲間外れを恐れないこと」「複数の弱い世間に所属すること」など、この本には生き苦しさへの対処法が柔らかく説かれていて温かい。

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 岩波ジュニア新書・902円=6刷3万5千部。4月刊行。「空気を読むことに神経をすり減らしている中高生や大人に寄り添い、心強い味方になってくれているのでは」と編集長。