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昭和~平成~令和、受け継がれるホラーの魂! リニューアルした横溝正史賞受賞作など4冊を紹介

文:朝宮運河

 四半世紀以上の歴史をもつKADOKAWAの新人賞、日本ホラー小説大賞と横溝正史ミステリ大賞がひとつになり、「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」として再スタートを切った。その最初の受賞作が2冊続けて刊行されたのでさっそく紹介したい。令和デビューとなる新しい書き手は、どんな恐怖と幻想を見せてくれるのか。

 優秀賞に輝いたのは、北見崇史の『出航』(KADOKAWA)。
 語り手である大学生の「私」は、家族を捨てて失踪した母を追い、北海道東部にある港町・独鈷路戸(とっころと)を目指す。気味の悪い乗り合いバスに揺られ、なんとか町にたどり着いた私を待ち受けていたのは、荒涼とした街並みと粗暴な住人たち、そして地面を這いずり回る猫の死体……。
 ホラーにおいて閉鎖的な田舎町は、いわば〈お約束〉の舞台設定だが、それにしても死臭漂う独鈷路戸のまがまがしさは群を抜いている。かの〈インスマス〉と〈黄泥街〉を足して二で割ったような、といえば分かる人には伝わるだろうか。「親のスネかじってるボンズが、なに忙しいことあるってよ。しゃみこくんでねえ」「ガッチャキがあ」といった住人たちの罵声が、冷たい潮風とともに主人公をいたぶり続ける。北海道の漁村、怖い。
 物語はやがて独鈷路戸の忌まわしい過去と、私の家族の秘密に肉薄しながら、血まみれのクライマックスへ雪崩れ込んでゆく。グロテスクでありながらも幻想性・伝奇性を濃密にたたえた作風は、異色ではあるが実に魅力的。個人的にはタイトル『出航』の由来となっている幻想風景にも、一種異様な感銘を受けた。

 一方、読者賞を受賞した滝川さり『お孵り』(角川ホラー文庫)は、〈生まれ変わり〉の恐怖を扱ったエンターテインメント・ホラー。
 神戸在住の橘佑二は、婚約者・乙瑠(いつる)の家族に挨拶するため、九州山中にある村を訪れる。その村では、死んだ者が赤ん坊となってこの世に戻ってくる、という言い伝えが今も信じられていた。
 不気味な信仰や儀式に言いようのない嫌悪感を抱いた佑二だったが、乙瑠の出産にともない仕方なく村を再訪。生まれてきた赤ん坊は〈タイサイサマ〉の生まれ変わりとして、村人たちに囚われてしまう。佑二は妻と子を取り戻すことができるのか。
 絶妙なリアリティライン、スピーディな展開、そしてキャラの立ったヒロイン。娯楽小説の定石をきっちり押さえつつ、横溝正史の名作にオマージュまで捧げてみせる著者のサービス精神は心憎いほど。メジャーな作風でありながら、読者を怖がらせる姿勢がラストまで貫かれている点も評価したい。
 ミステリとホラーという、似て非なるジャンルをひとつにした横溝正史ミステリ&ホラー大賞。ホラー系にはやや旗色が悪いのでは……、と内心危惧していたのだが、今回の受賞作を読む限り、安心してよさそうである。

 令和のホラーだけでなく、平成・昭和のホラーについても語っておこう。
 東雅夫編『平成怪奇小説傑作集3』(創元推理文庫)は、平成期に書かれた国産怪奇小説のマスターピースを、編年体で精選収録したアンソロジーの完結編。京極夏彦の「成人」から、澤村伊智の「鬼のうみたりければ」まで平成後期(平成20~30年)に書かれた15編を収めている。
 東日本大震災を受けて書かれた有栖川有栖「天神坂」、高橋克彦「さるの湯」には、死者を思い、慈しむという怪奇小説の本質が刻印されている。大濱普美子や小島水青、黒史郎など新進気鋭の作品も紹介されており、ホラーの現在と未来を感じさせる巻になっていた。

 紀田順一郎・荒俣宏監修『幻想と怪奇 傑作選』(新紀元社)は、1973年に創刊され、わが国の幻想文学出版の礎を築いた雑誌『幻想と怪奇』から、小説・評論・コラムなどを厳選収録した貴重なアンソロジー。
 「長編を中心に未訳の作品が多く、国内の新人作家が生まれるような環境でもなかった」(紀田順一郎)という時代、怪奇幻想小説を日本に根づかせようと尽力した先人たちの熱意が、誌面からひしひしと伝わってくる。幻の同人誌『THE HORROR』まで完全復刻されており、痒いところに手が届く編集ぶり。ホラーファンなら必読必携の一冊だ。
 しかもこの冬には、同誌が45年の時を経て新創刊されるとか。昭和から平成へと受け継がれてきたホラーの魂は、令和の世も絶えることがないのだ。

※12月3日、一部修正しました。