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生活すべてが創作につながる GREEN ASSASSIN DOLLARに根付く3冊のクラシックス

文:宮崎敬太、写真:有村蓮
FLOATIN' / 舐達麻 (prod.Green Assassin Dollar)

 GREEN ASSASSIN DOLLARは今日本で最も注目されているトラックメイカーの一人だ。その存在に一躍注目が集まったのは、2019年1月にYouTubeで公開された埼玉県熊谷市出身の3人組のヒップホップグループ・舐達麻の「FLOATIN'」だった。舐達麻の3人が歌う殺伐とした日常――それは各種犯罪行為からの投獄、仲間の死だ――を、GREEN ASSASSIN DOLLARのメロディアスなトラックが叙情的に演出した。2019年11月20日現在で同曲の再生回数は243万回。ほぼノンプロモーションの完全自主制作ということを考えれば異例の数字と言える。また同じくGREEN ASSASSIN DOLLARがプロデュースした舐達麻の「GOOD DAY」も、公開から約2カ月で125万回。次のヒットメイカーと言っても差し支えない。

 「舐逹麻に関して言うと、実は彼らは長年活動しているグループなんですよ。熊谷を拠点にずっと活動してて、俺を含め、現場のラッパーやトラックメイカーたちはみんな知ってた。ライヴもめちゃくちゃうまいし。『LifeStash』や『FLOATIN'』で知った人が多いと思うけど、舐達麻は昔からずっとああいうハードなスタイルでやってる。それがたまたま今年注目されただけだと思いますね。

 でも俺が知り合ったのは最近。『LifeStash』をプロデュースしているDJ BUNさん(7SEEDS)がきっかけです。たまたま俺がBUNさんと同じイベントに出たことがあったんですよ。BUNさんはその時のライヴで俺に興味を持って、後日、俺のアルバム『BEATS, LOOPS & LIFE』を聴いてくれてたんです。ちょうどその頃、舐逹麻のBADSAIKUSHが出所してきて、彼にも俺のアルバムをシェアしてくれて。そしたらBADSAIKUSHも気に入ってくれて、SNSでメッセージが届き、ビートを提供することになりました。今思うとかなりいろんなタイミングで奇跡的に合致した感がありますね」

owls (GREEN ASSASSIN DOLLAR & rkemishi) “encount” feat. peedog (Official Video)

露悪的な文章に秘められた純粋さ「限りなく透明に近いブルー」

 GREEN ASSASSIN DOLLARは子供の頃から読書が好きだったという。今回は彼が影響を受けた3冊を一気に紹介してもらう。

 「俺は映画よりも読書が好き。ヒップホップだと映画好きな人が多くて、俺もよくいろんな映画を薦められたけど、そういう時は原作本を読んだりしてました(笑)。本は自分の好きな時に好きなだけ読めるし、なにより活字を追って自分で自由に想像するのが楽しい。中退してしまったけど、大学の時は学校の図書館でいろんな本を借りて、DJサークルの部室でずっと読んでましたね。

 今日は自分にとって究極のクラシックと言える3冊を持ってきました。まずは村上龍の『限りなく透明に近いブルー』。この人の本は他にもかなりいろいろ読んだけど、個人的にはこれが一番良かった。いわゆる青春小説なんですよ。1970年代の東京・福生が舞台で、主人公はすごく退廃的な生活を送ってる。LSDをやったり、乱行したり、暴力に明け暮れたり。『限りなく透明に近いブルー』という美しいタイトルからは想像できないほど露悪的な文章が多い。最初に読んだ時はびっくりしました。例えば“ゴキブリの腹からは黄色い体液が出た。調理台の縁に潰れてこびりつき、触覚はまだかすかに動いている”とか。一時が万事この調子です。

 でも読み進めていくうちに、作品の根底にあるのは美しいものなんじゃないかと思うようになりました。懸命に生きてる若者の純粋さというか。それは、もしかしたらこの作品が村上龍のデビュー作であるというのも関係してるかもしれない。初期衝動って、どこかに純粋さが出てしまうものだから。とは言え、デビュー作ならではの粗さもない。ものすごく衝撃を受けたし、この世界観や雰囲気は僕の楽曲制作に大きな影響を与えています。

牧歌的で緩やかな描写が大好きな80's村上春樹の傑作

 村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』も最高ですね。これは1980年代に書かれた作品。読んだのは大学生の頃です。いわゆる名作ですね。僕は有名な作家というだけで、なんとなく身構えてしまうタイプなんです。実際に読むと好きなことがほとんどなんですが(笑)。確か学生の当時、彼の新刊が出ていてものすごく大々的に宣伝されていました。普通に暮らしててすごく目についたから、『だったら古い作品を読んでみよう』と思ってこの本にたどり着きました。当時はまだインターネットもほとんどなかったから、たとえ村上春樹と言えどもちょっとしたディグが必要だったんですよ。

 この本では、“僕”がいる『世界の終わり』と、“私”がいる『ハードボイルド・ワンダーランド』という2つのストーリーが交互に語られていきます。個人的には『世界の終わり』の世界観が最高に大好きです。中世のヨーロッパを思わせる架空の街が舞台で、一角獣や門番、大佐といった登場人物が登場します。“僕”にはほとんど記憶がありません。街に入る時、自分の“影”と一緒に記憶を引き剥がされてしまったからです。“僕”は夢読みという仕事をするために街の図書館に通って、一角獣の頭蓋から古い夢を読み解きつつ、影と一緒に街から抜け出す方法を探ります。

 『世界の終わり』は風景描写が多いんですよ。牧歌的で緩やかなんだけど、どこか切ない。その読書感がすごく好きなんです。なぜか毎年秋になるとこの本の『世界の終わり』のパートが読みたくなる。安心できる場所というのかな。今盛岡に住んでいるんですが、すごく静かで、自然が多く、空気がうまい。僕は人混みがあまり好きじゃないから創作に最高の環境だと思う。そういう感覚も『世界の終わり』に影響されたからかもしれない。

 今回この企画で選書するにあたって、改めてどの本が好きか考えてみたんです。小難しいものも含めていろいろ読んできたけど、結局自分の中に残っているのは『限りなく透明に近いブルー』や『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』でした。『世界の終わり』の世界観は、それくらい僕にとって大事なものだと言えます。

GOOD DAY / 舐達麻(prod.GREEN ASSASSIN DOLLAR)

「箱男」と「BEAT DIMENSIONS」

 最後は安部公房の『箱男』です。この本もクラシックですよね。ざっくりと内容を説明すると、社会の中で行き場を失ったマイノリティが、ある日、段ボールを頭から腰まですっぽりと被り、その視点から世の中を批評するフィクションです。この設定がすでにめちゃくちゃアヴァンギャルドなんですが、実は文学としてもいろんなトリックが入っていて。突然場面転換したり、新聞記事みたいな文章が入ってきたり、全然別の人の視点になったり。この本も若い頃に読んだんですが、ぶっ飛びすぎて本当にびっくりしました。

 『箱男』は僕がトラックメイクを始めるきっかけになった『BEAT DIMENSIONS』というコンピレーションアルバムに通じるものがあると思っています。『BEAT DIMENSIONS』は2000年代後半くらいに出た、エレクトロニカやダブの手法で作られたインストのヒップホップトラックを集めた作品です。サウンドの特徴は、ヨレたビート。鳴りや響き、刻み方が野蛮で、僕はそれに完全に魅せられてしまった。あまりに特徴的なビートなので一部では“ビートミュージック”と呼ばれていました。

 『箱男』と『BEAT DIMENSIONS』のどこに共通点があるのかと言えば、それは既存の方法論に縛られない実験的な内容であるにも関わらず、エンターテインメントとしてもめちゃくちゃ優れているということです。『箱男』を読んだ大学生の時は、一応DJサークルに所属してたけど、本当にモラトリアム極まりない生活をしてました。そのまま大学も中退してしまい。DJは一応やってたけど特に制作はしてなかったんです。でも、僕は『BEAT DIMENSIONS』を聞いて、改めてサンプリングで作る音楽の可能性の奥深さを考えさせられました。そして自分でもやってみたいと思ったんです。

 実は僕は3歳の頃からピアノを習っていたので楽譜は普通に読めるし、ギターもベースもドラムもできる。けど、GREEN ASSASSIN DOLLAR名義で出てる作品はすべてサンプリングで作られています。僕はサンプリングというアートフォームが本当に大好き。サンプリング自体はトラック制作においてはもはや定番の手法ではあるけど、冷静に考えるととてつもないことだと思うんですよ。だって、世の中にあふれてるいろんな音楽や、日常の生活音にいたるまで、ありとあらゆる音を録音して、音楽に変えてしまうんだから。今こうして話してる瞬間すらも制作のインスピレーションになる。だから毎日のすべてが重要なんです。生活のすべてが創作に直結してる。そういう意味でも今回紹介した本は、僕のいろんな楽曲に影響を与えています。もしも僕が手がけた曲を気に入ってくれた人にはぜひとも読んでもらいたい3冊ですね。

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