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斉藤俊行さんの絵本「クリスマスの ふしぎな はこ」 サンタクロースがいる秘密の箱にワクワク

文:坂田未希子、写真:斉藤順子

世界中で一番安心できるお母さんが描けた

——JR外房線茂原駅から車で25分。田畑の広がる里山に『クリスマスの ふしぎな はこ』(福音館書店)の絵を手がけた斉藤俊行さんが暮らす古民家がある。9年ほど前、子どもたちにのびのびした生活をさせたいと移住を決意。日本全国を見て歩く中、辿り着いたのがこの家だった。土間には薪ストーブ、居間には手製の家具や机。壁には子どもたちが弾くというバイオリンやチェロ。天井にはツバメの巣もあり、春には賑やかになるという。

 最初は必要に応じて家のリフォームをしたり、家具を作ったりしていたんですが、自分の表現の幅がまたひとつ広がったように感じています。ここではものが作れる、それが一番大きな変化ですね。

 偶然なんですが、この家、『クリスマスの ふしぎな はこ』の家にそっくりなんです。青いトタン屋根に縁側、南天の木もあって、この絵本が出た後に主人公と同じ男の子が生まれたので、不思議な縁を感じています。イメージがあったわけではないんですが、描いているとき現代っぽい家にすると、あっという間に古くなるような気がして抵抗があったんです。それだったら最初から古い方がいいなと。サンタのお話と和風の家の組み合わせも面白いと思ったんでしょうね。

『クリスマスの ふしぎなはこ』(福音館書店)より

——クリスマスイブの朝。「ぼく」が縁の下で見つけたのは、サンタクロースの様子をのぞき見ることができる不思議な箱だった。お母さんに見つからないようにベッドの下に隠すものの、気になってついつい箱を開けてしまう。「サンタさん、もうしゅっぱつしたかなあ」。ページをめくるごとにサンタクロースが「ぼくのまち」へと近づいてくる様子と、それを待ちわびる「ぼく」が交互に描かれる構成にはワクワク感があふれている。しかし斉藤さんにとっては少々苦い思い出の詰まったデビュー作となった。

 なかなか絵のOKがもらえなくて、同じページを何十枚と描きました。初めてOKが出たのは、締め切りまで半年を切った頃、きっかけはお母さんの表情でした。お母さんがクリスマスケーキを作りながら子どもと話している場面で、それまで描いたものは、型通りのお母さん像だったことに気づいたんです。ただケーキを作ってるお母さんじゃない、子どもにとって世界中で一番安心できる存在であるお母さん、そういう関係が伝わるように描かないといけないんだって。それが答えだってわかった時、OKがもらえたんです。

——そんなお母さんの優しい眼差しとともに印象的なのが、夜が待ちきれずにソワソワと落ち着かない男の子の姿である。

 学生時代に子どもの図工教室をするサークル活動をしていました。その時に子どもたちと触れ合った経験が生かされているのかもしれません。クリスマスのワクワクだけじゃなくて、子どもが箱の存在を大人に秘密にしてる、もしかしたら、そこに子どもたちが共感するのかな。大人にはわからない、子どもだけに通じるワクワク感があるのかもしれませんね。

前作「ふしぎなはこ」の経験から生まれた

——実は、本作には前作ともいえる作品がある。『ふしぎなはこ』というお話だ。それは福音館書店の編集者、定村渥子さんとの出会いからはじまる。

 サークルで脳性麻痺の男の子と出会ったことがきっかけで、福祉施設で働いていました。それまで、画家になろうとアルバイトをしながら絵を描いたり、宮沢賢治や中原中也に憧れて詩画集を作っていましたが、自分の身を削って表現することに疲れて、創作活動から離れていた時期でした。詩画集を喫茶店に置いてくれた人がいて、それがたまたま福音館書店の定村さんの目に留まったんです。絵本を描いてみないかって声をかけてもらって、絵本にはあまり興味がなかったんですけど、面白い出会いだし、やってみようと。最初に描いたのが『ふしぎなはこ』というお話でした。

——子どもが街を歩いていると、いろんな箱が置いてある。開けてみると、中にはクジラが泳いでいたり、相撲取りがいたり、『クリスマスの ふしぎな はこ』のイメージにつながる物語だ。仕事の合間に描いていたため、2年以上かけてようやく完成。しかし、編集者の提案で保育園での読み聞かせをしたところ、子どもたちの意外な反応に出会う。

 子どもが箱に興味を持ったのはよかったんですが、次のページに進んでも、前の箱がどうなったか気になって、物語の中に入り込めなくなってしまったんです。この構成はまずいと、出版は見送られることになりました。その時に読み聞かせをしてくれたのが作家の長谷川摂子さんで、しばらくして、箱の中にサンタさんがいたら面白いと閃いたらしく、書いてくださったのが『クリスマスの ふしぎな はこ』でした。

——喫茶店での出会いから4年。絵本が出版された時は、嬉しさよりも締め切りを守れたことにほっとしたことの方が大きかった。あまりにヘトヘトで自信も失い、次の作品に向かう余裕がなかったという斉藤さん。転機になったのは、3冊目の『おでこに ピツッ』(※品切れ中)だった。

 絵本の仕事は向いてないと思っていました。デビュー作で苦労したので、自分に才能があるように感じられなかったんです。『おでこに ピツッ』も、最初はお断りしたんですが、定村さんに「原作が素晴らしいから、描いた方が斉藤さんのためになる」って説得されて。でも、描き始めたら面白くて、それまでは、課題をこなすという感覚だったんですが、自発的にこうしたらよくなるってわかるようになったんです。

——『おでこに ピツッ』は、雨の音を様々な言葉で表現した作品。作者の三宮麻由子さんは視覚障害者でもあり、音の感覚に優れた者にしか聞こえない音が豊かに描かれている。

 自分が表現したいものと三宮さんの表現したいものが合っていたのかもしれません。これはすごい絵本になるって、描く前にドキドキするような感じがありました。三宮さんの作品は『かぜ フーホッホ』も描かせてもらいましたが、とても大好きな作品になりました。

——福祉の仕事を辞め、本格的にイラストレーターとして活動をはじめた斉藤さん。透明感のある絵には定評があり、雨や雪、氷などをテーマにした作品も多い。一見、版画のように見えるものもあるが、意外にもパソコンで描かれている。

 学生時代、シルクスクリーンをやっていました。30色ぐらい版を変えて作っていましたが、今も、同じような感覚で描いています。シルクスクリーンは版を作るのに薬剤を使ったり、大きな装置が必要だったりと大変ですが、それに比べて画面の中で好きなように作れるので圧倒的に楽で、自分には合ってるみたいです。『クリスマスの ふしぎな はこ』の頃は、まだパソコンで描くのが一般的ではなくて、いかにもCGで描いたようにならないように、手書きに近い描き方を工夫していました。

『クリスマスの ふしぎなはこ』(福音館書店)より

——『クリスマスの ふしぎな はこ』にも雪景色が多く描かれている。サンタクロースがソリに乗って雪山をはしり、雪降る街の空をとんでいく。男の子がいる家の暖かさとの対比もあり、空気の冷たさまでも伝わってくるようだ。今年もクリスマスが近づくと、書店のクリスマス絵本コーナーに『クリスマスの ふしぎな はこ』が並ぶ。

 苦労はしましたが、絵にも自分自身にも真剣に向き合って描いた作品です。毎年、クリスマスの絵本がたくさん出る中、ずっと版を重ねているので、このまま冬の定番になってくれると嬉しいですね。