「あの小説をたべたい」は、好書好日編集部が小説に登場するごはんやおやつを料理し、食べることで、その物語のエッセンスを取り込み、小説の世界観を皆さんと共有する記録です。
今回は、坂木司『動物園の鳥』の世界を味わいます。
ひきこもり気味の友人・鳥井真一と僕・坂木司。探偵のようなことをやり始めた2人のもとに、動物園で野良猫の虐待事件が頻発しているという相談が持ち込まれます。依頼主らとともに現場へ向かった2人ですが、坂木はかつて鳥井をいじめていた谷越と遭遇し……。鳥井がひきこもる原因となった出来事が明らかとなり、鳥井と坂木の共依存的な関係の行く末を描いた「ひきこもり探偵シリーズ」の完結編です。
「憧れ」を食べる
野良猫の虐待事件の相談をしてきたのは、2人の年上の友人である木村栄三郎さんの幼なじみ、高田安次朗さん。ある寒い冬の日に、栄三郎さんが安次朗さんを連れて鳥井の家にやってくるところから物語は始まります。
そこで鳥井が振る舞ったのが“うどんすき風鍋焼きうどん”。
「鍋焼きうどん」と聞いたうえで、土鍋の蓋を開けた坂木は驚きます。
……これは、僕が普段口にする鍋焼きうどんとは明らかに違う。まず第一に、このつゆは黒くない。透き通っているのだ。
つゆは出汁の香りが食欲をそそる、関西風。海老と蛤の出汁も合わさって、潮の香りもほんのり感じられるとのこと。しかも、ねぎやかまぼこ、ほうれん草、玉子などが載った定番の鍋焼きうどんとは見るからに違う、ちょっと贅沢な食材を使った一品なのです。そんな鍋焼きうどんを目の前に、お年寄り2人はテンションが上がります。
「ボタンエビに蛤(はまぐり)、鶏に梅の生麩かい。おごったね、しんちゃん」 「しかもこの鶏、葛をひいてあるよ。できた女房でも、なかなかここまではやらないのに。ちょいと嫁に欲しくなるねぇ」 「ボケるなら食ってからにしろ、じじぃ」
口も態度もめっぽう悪く、人付き合いが苦手な鳥井の家庭環境はちょっと複雑です。鳥井の母親は彼が生まれてから家をすぐに出てしまい、父親は海外赴任の多い仕事で家を空けることが多かったため、鳥井は小さい頃から父方の祖母と2人暮らしをしてきました。そんな生活の中で、鳥井が知らず知らずのうちに憧れを抱いていたのが「大勢で囲む食卓」だと、坂木は推測します。
寒い日にお年寄りを労わる気持ちと、彼らを歓迎する思いから、鳥井はひと手間かかる“うどんすき風鍋焼きうどん”を作ったのかもしれません。