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明智光秀は教養豊かな常識人? それとも野心家?(呉座勇一・国際日本文化研究センター助教)

来年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」で、主役の明智光秀を演じる長谷川博己(中央)。脚本は池端俊策のオリジナル。1月19日から放送予定(NHK提供)

 来年のNHK大河ドラマの主人公は明智光秀である。「本能寺の変で織田信長を討った男」である光秀の名を知らない人はいないだろう。しかし、信長の抜擢(ばってき)によって一国一城の主(あるじ)にまでなった光秀が、大恩があるはずの主君信長に対して謀反を起こした理由はいまだに判然としない。そのため、歴史学者のみならず、作家や歴史ファンなど多くの人々が光秀の動機をめぐって無数の説を提起してきた。その中には、光秀に信長殺害を命じた「黒幕」、あるいは光秀に協力した共犯者がいた、といった荒唐無稽な珍説も散見される。

今も論争が続く

 けれども実のところ、よく分かっていないのは、光秀の動機だけではない。光秀の人物像もはっきりしないのだ。光秀の経歴や性格に関する論争は今も続いており、決着がついていない。

 謀反を起こした理由についても、人物像についても、情報が決定的に不足しているため、これまでの光秀研究は、互いに互いを補う形で議論を進めてきた。光秀が決起した理由を彼の人物像に基づいて推測したり、その逆を行ったりしてきたのだ。

 『明智光秀・秀満』は、大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の時代考証を務める戦国史研究の大家の新刊だ。著者は光秀を、美濃(現在の岐阜県)の名門武士である土岐一族出身の、伝統や秩序を重んじる教養豊かな常識人とみなす。この光秀像は司馬遼太郎の『国盗(くにと)り物語』をはじめ、小説やドラマで好んで採用されているので、なじみ深く感じる方も多いだろう。そして著者は、信長が次第に傲慢(ごうまん)になり、朝廷を軽んじ傍若無人にふるまうようになったことに憤った光秀が謀反を起こしたと主張する。いわゆる「非道阻止」説である。

 右書は画期的な新説を唱えている著作とは言えない。だが自説のアピールを抑え、諸説に目配りして丁寧に論評しているバランスのとれた記述からは、大御所の風格が感じられる。

大義なかった?

 一方で、光秀を成り上がりの野心家と捉える本も少なくない。一例として『信長を操り、見限った男 光秀』を挙げておこう。本書によれば、光秀は土岐一族明智氏出身ではあるが庶流にすぎず、名門武士とは評価できないという。ゆえに、光秀は天皇や将軍などの伝統的権威を守るという大義のために挙兵したのではなく、「信長が無防備となるタイミングが眼前にあり、変後に京都を支配する未来が見えたから」信長を殺したにすぎない、と結論づける。もっとも、これは著者の独創ではなく、歴史学界でも有力な見解である。

 本書の特徴は明智光秀論ではなく、むしろ織田信長論であろう。小説やドラマでは、保守的な光秀と革新的な信長の政治理念の対立が本能寺の変につながったという図式が目立つが、著者は「信長=旧体制破壊者」という理解に疑問を呈している。在野(民間)の歴史研究家ならではの、大胆な解釈が印象的だ。

 以上の2冊は、多くの史料を引用し、充実した参考文献リストを載せている。正反対の主張を展開する両書を読み比べて、自分なりの明智光秀像を考えてみるのも一興だ。

 ただし両書はかなり本格的な伝記で、いわば上級者向けの本である。「ちょっと私にはハードルが高いかも……」と思った方には、平易な『図説 明智光秀』をお勧めしたい。

 右書は、気鋭の戦国史研究者が最新の光秀研究の成果を一般向けに分かりやすく紹介した本である。カラー写真・図版が豊富で、初学者でも読みやすい。「光秀の方が信長よりも先に将軍足利義昭を見限っていた」など鋭い指摘も多く、単なる入門書に留(とど)まらない深みがある。本書を読んだ後で前2書に進むのも一案だ。玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の光秀本、どうせ読むなら「玉」を選ぼう。=朝日新聞2019年12月14日掲載