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「高倉健、その愛。」 ユーモアに満ちた日常の断片

 高倉健が最後の映画スターと称されるのには理由がある。素の自分をさらすことで人気を得る今どきのスターと異なり、私生活が厚いベールに覆われている。つまり銀幕に映ったストイックな高倉健がすべてだった。

 だから私自身、初めてインタビューした時、高倉さんがよくしゃべり、よく笑うことにとても驚いた。不器用じゃないじゃないか! パートナーがいることなどもちろん知らなかった。

 2014年に亡くなって5年という節目に、そのパートナーだった小田貴月(たか)さんが手記を書いた。自宅ではどんなものを食べ、どんな会話をして、どんな映画を好んだのか。これまで表に出ていなかったエピソードがたっぷりと語られている。

 貴月さんの文章は洒脱(しゃだつ)で読みやすい。香港のレストランで偶然出会ってから、一緒に暮らすようになるまでの紆余(うよ)曲折は、高倉さんらしい意外性が満載でめっぽう面白い。地下鉄の車内で読んでいた私は、思わず一駅乗り過ごしてしまった。

 日常の描写もユーモアに満ちている。生魚が苦手な高倉さんは、貴月さんが海産物を台所に持ち込むと、「一瞬立ち止まって、『……? 磯の香りがするぞ』と、まるで危険物処理班のような反応でした」。

 庭のピラカンサの木を愛した高倉さん。その実を狙ってオナガの群れが襲来すると、玩具の銃を片手にドアの陰に身を潜める。「気分は、ゴルゴ13です。『音を立てるナ!』とジェスチャーで示す真剣なその姿(中略)が眼(め)に焼き付いています」

 世間のイメージ通り、自らを厳しく律する姿も多く紹介されているが、私が好きだったのはこういったちょっと笑えるエピソードだ。あの高倉健のことを「可愛い」と感じている貴月さんの愛情がうかがえる。

 この本は高倉さんの神秘のベールを少しだけはがした。ただし、最後の映画スターの存在感が揺らぐことはない。むしろ身近になったことで、ますます憧れと尊敬が増すにちがいない。=朝日新聞2019年12月14日掲載

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 文芸春秋・1760円=4刷5万5千部。10月刊行。発売直後に民放の情報番組で紹介されたことが追い風に。当初は男性読者が約7割だったが、現在は男女半々。50代以上が多い。