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小川洋子「小箱」「約束された移動」 楽器や書物から聞こえる死者の声 朝日新聞書評から

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2019年12月21日
小箱 著者:小川洋子 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:小説

ISBN: 9784022516428
発売⽇: 2019/10/07
サイズ: 20cm/209p

約束された移動 著者:小川洋子 出版社:河出書房新社 ジャンル:小説

ISBN: 9784309028361
発売⽇: 2019/11/13
サイズ: 20cm/211p

小箱 [著]小川洋子/約束された移動 [著]小川洋子

 死者たちは生きている。長篇『小箱』で、語り手は幼稚園に住んでいる。ここにはもう園児はいない。いるのは彼女だけだ。
 でも孤独ではない。ガラスの箱がずらりと並んでいて、その中には死んだ子供の魂がいる。この町で子供が亡くなると、その髪の毛は人形たちの頭に美しく植えられる。残された家族は、我が子の世話をするためにここに通う。
 子供の魂も成長する。「靴を履いて歩く練習をし、九九や字を覚え、お姫様のドレスを好きな色に塗って遊んでいる」。やがて学校を卒業し、結婚もするだろう。そのたびに家族は小箱を掃除し、魂が求めるものを加え、儀式を行う。
 子供たちの声が聞きたいときにはどうするか。残された細い髪を弦として、とても小さな楽器を作る。それを耳に吊して丘の上で風を受けると、たった一人にしか聞こえない音楽が奏でられる。
 子供たちの身体の欠片(かけら)が鳴らす音。語り手の従姉(いとこ)もまた、かつて男の子を亡くしていた。息子の足指の骨で作った風鈴は従姉の耳で震え、その音はひそかに軽やかに響き渡る。
 小川は東北を旅していて、寺に奉納されたガラスケースの列を見たという。その中には花嫁や花婿の人形がいた。亡くなった子供たちも、あの世ではそれぞれの人生を生き、歓びを味わっている。そうした家族の確信に触れた小川の中で、この物語が育っていった。
 耳を澄ませば、そこには確かに彼らがいる。そうした静かな祈りが、この作品には息づいている。
 死者の声が込められているのは楽器だけではない。書物もまたそうだ。『小箱』の従姉は、亡くなった書き手の作品しか読まない。短篇集『約束された移動』の表題作でも、人は本を介して繋がる。
 語り手はホテルの客室係だ。ここのスイートルームには、千冊もの本が詰まった本棚がある。圧倒的な美貌を誇る映画俳優Bも、ときたまここを利用していた。
 ある日、掃除に入った語り手は微妙な変化に気づく。なんだろう。部屋を詳細に調べた彼女は、本棚にわずかな隙間を見つける。彼女は、部屋を撮った写真を詳細に調べ、なくなったのがガルシア=マルケスの短篇集であることを突き止める。
 Bが来る度に本は無くなる。語り手は必ず同じ本を買い、彼の映画を繰り返し見る。こうして何年か経つうちに、彼の心を内側から感じとれるようになる。
 俳優としての絶頂を迎え、落ちていくB。だが彼は常に、本に封じ込められた死者たちの言葉に鼓舞されていた。彼の孤独な歩みに、語り手がそっと寄り添う。その優しさが温かい。
    ◇
おがわ・ようこ 1962年生まれ。91年、「妊娠カレンダー」で芥川賞。2004年、『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞。著書に『琥珀のまたたき』『不時着する流星たち』『口笛の上手な白雪姫』など。