1. HOME
  2. コラム
  3. みる
  4. 『梶井基次郎「檸檬」のルーツ』 直筆原稿から広がる妄想

『梶井基次郎「檸檬」のルーツ』 直筆原稿から広がる妄想

 生前未発表の「瀬山の話」には奇妙な面白さがある。東大在学中、同人誌の創刊号に発表予定だったが、おそらく締切(しめきり)の都合で断念、「檸檬」のエピソードだけを抜き出し、独立した短編に仕上げた。名作「檸檬」の誕生である。全体は没後、旧友の手によって未完の作品として発表された。主人公・瀬山(セザンヌのもじり)からの手紙を披露する直前であっけなく終わる。「未完」とされるゆえんだが、実際、ノンブルのみ付され、何も書かれてない原稿用紙が5枚、残されていた。もし、この「何も書かれてない」のが手紙だったら?

 「瀬山の話」の直筆原稿を全て収録した本書を見ながら、そんな妄想が広がる。「檸檬」の主人公と同じく、クリエイティブな瀬山なら白紙の手紙を送りつけることくらいやってのけそうである。梶井基次郎も瀬山に似て、美術や音楽の大好きな若いアーティストだった。編者が解説で、直筆原稿から主体の逆転という可能性を読み取るところもスリリング!=朝日新聞2019年12月21日掲載

(上)「瀬山の話」冒頭部分(下)「瀬山の話」に残された未使用の原稿用紙のうちの1枚。「70」というノンブルが見える