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「グッドバイ」書評 夢を追う女性貿易商の維新史

評者: 斎藤美奈子 / 朝⽇新聞掲載:2020年01月11日
グッドバイ 著者:朝井まかて 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:伝記

ISBN: 9784022516473
発売⽇: 2019/11/07
サイズ: 20cm/359p

グッドバイ [著]朝井まかて

 すごかね、こんな女の人がいたんだねえ、という感じである。本紙夕刊連載中から楽しみに読んでいた人も多いのでは。朝井まかて『グッドバイ』は、幕末から明治にかけて活躍した長崎の女貿易商を描いた波瀾万丈の評伝小説である。
 主人公の名は大浦慶(若き日の名は希以=けい)。母は早く亡くなり、婿養子だった父は火事で焼けた店を捨てて出奔し、迎えた婿も役立たずゆえ〈こげん性根のぐずついた男は、お父(と)しゃま一人で充分ばい。養いきれん〉とばかりに離縁。お希以が老舗の油屋・大浦屋を祖父から受け継いだのは19歳のときだった。
 時は幕末、黒船来航の直後である。菜種油の商いも先細りとなり、当主となったお希以は異国との交易に意欲を燃やすも、周囲は頭の固い御仁ばかり。何かといえば〈おなごの分際で一人前の主面(しゅうづら)しおって。生意気な〉〈おなごの浅知恵は聴くに堪えん〉。
 それでもお希以はあきらめなかった。ひょんなことからオランダ船に載せる荷の調達を請け負った際、肥前・嬉野茶のサンプルを用意。〈私は交易がしたかとです〉〈これを、茶葉が欲しかと言う人に売り込んでもらえませんか〉
 3年後、ようやく彼女はイギリス人交易商の注文を受けるが、喜んだのも束の間、先方が出した条件は千斤の茶葉をたった6日で集めるというものだった。
 商才に長(た)け、幕末の志士とも親交を持ち、女傑といわれる大浦慶だが、本書が描き出すのは、どこまでもまっすぐに夢を追い、困難に立ち向かう慶の姿だ。函館と下田の開港で交易を独占していた長崎の優位性は失われ、輸出用の茶葉も嬉野茶から静岡茶にとってかわられ、慶自身もとんだ経済事件に巻きこまれ……。そのたびに、しかし彼女は立ち上がる。〈今こそが私の正念場、戦たい〉
 旧士族ではなく商人、それも女性の側から見た維新の裏面史。朝ドラ、いや大河ドラマにもなりそうだ。
    ◇
 あさい・まかて 1959年生まれ。作家。2014年に『恋歌』で直木賞、『阿蘭陀西鶴』で織田作之助賞。『悪玉伝』など。