少子化が進む現在からは想像できないかもしれないが、昭和40年代は東京近郊で人口が急増し、子供の数に学校の数が追いついていなかった。
私が住んでいた地域も例外ではなく、小学校は1学年7クラスもあり、すし詰め状態だった。幸い、途中からは新設校に通えることになったのだが、最初の頃その学校には図書室と呼べるものがなかった。かわりに月に2回、マイクロバスを改造した移動図書館が巡回してきた。
そこでたまたま手にとったのが本書だった。著者の名前を知るわけもなく、秘境探検記でありながら、ある種の文明論でもあったため、当時どこまで内容を理解できたかはわからない。ジャングルでの巧みな暮らしぶりや「食人種」伝説といった刺激的な内容と、それ以上に、読者を現場に引きずり込むような独特な筆致に惹(ひ)かれたのだろう。家に帰って夢中になって読んだ。同じシリーズの残りの2冊『カナダ=エスキモー』『アラビア遊牧民』も読みたくて、次の巡回日が待ち遠しかった。
それから十数年。通勤電車に揺られながら本を読んでいたときだった。「あれ、知っているぞこの話」。それは文庫化された「ニューギニア高地人」だった。あの本は本多勝一の著作だったのか。忘れていた当時の記憶が一瞬で蘇(よみがえ)った。
印画紙に焼かれた写真のように、一冊の本に過去の自分がピン留めされる。それは、著者や編集者が意図してできることではないけれど、本の持つ大事な役割のひとつと思う。=朝日新聞2020年1月15日掲載