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加門七海「着物憑き」 人を惑わす着物の怪しい魅力

 夢中になる、との比喩ではない――加門七海の『着物憑(つ)き』は、着物の“沼”にどっぷりつかってしまった作家が、着物遍歴や流儀、着物にまつわる古今の言い伝えや怪談をつづったエッセーだ。

 作家の着物憑きは数年前、鮎(あゆ)の帯留めを衝動買いしたことから始まった。鮎にふさわしい着物を着たいという思いから、それまで抑えていた着物愛に火がついて、母の着物を手始めにアンティーク着物などに相当な時間とお金をつぎ込むようになったという。

 なにせ着物は金食い虫だ。だが、もっと怖いのはその先で、着物には持ち主の愛着や執着がこびりつくという。数え16歳で亡くなった娘の振り袖が火がついたまま宙に舞い上がり江戸の大火になった伝説。縫い目から白髪が出てきた古い久留米絣(くるめがすり)は、白髪の主の愛情が邪魔して着ることができなかった体験。アンティークの友禅からは元の持ち主らしい芸者の白い手が見えたとも。着物には人を惑わす魔力があるに違いない。そんな怪しいまでの着物の魅力にひたれる一冊だ。(久田貴志子)=朝日新聞2020年1月18日掲載