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想起する手段、複雑な時代 作家・円城塔さんオススメの3冊

  • アリエット・ド・ボダール『茶匠と探偵』(大島豊訳、竹書房)
  • ジャレット・コベック『くたばれインターネット』(浅倉卓弥訳、Pヴァイン)
  • 乗代雄介『最高の任務』(講談社)

 今書かれている小説を大昔の人が読んだとしたなら、あるいは、はるか未来の人が読んだら一体何を感じるだろう。

 『茶匠(ちゃしょう)と探偵』は、シュヤと呼ばれる架空の宇宙を舞台としたSF短編集。この世界では中国人が15世紀にアメリカへ入植したことになっている。登場人物たちはいずれも、ヴェトナムにあたる地域の出身者とされる。

 固有名詞や日用品は東洋的に彩られ異世界情緒をかきたてるが、さて、ではそれらを西洋風のものに置き換えたなら何が起こるか。古典的なSFに戻ってしまうかというとそんなことはないのであって、こうした宇宙を設定したことで織り込むことができるようになったものは、この時代の姿、ということになるのではないか。

 『くたばれインターネット』の主人公はコミック業界である程度の名をなしている40代の女性。北米におけるリベラルの中心地、サンフランシスコに暮らす。

 ネットとは距離をおいてすごしていたが、あるときほんの内輪のつもりで気軽に話した内容が、動画として撮影されてアップロードされてしまう。

 意見を誰かに面と向かって語るのと、ネットの上で発言するのは根本的に異なることで、彼女はそれを思い知らされ、しかし、折れずに騒ぎは広がる。

 脱線につぐ脱線という書き振(ぶ)り自体が、気になることは作業を中断してその場で検索すればよいという現代の風景に通じ、ネットを嫌悪する彼女の描かれ方自体がすでにそうしたネットを前提としているようにも見えて興味深い。

 サンフランシスコご当地ゴシップ集としても楽しめる。

 『最高の任務』の表題作では、大学の卒業式を迎えた主人公の一日が展開される。もっともその様子を描くのは主人公その人であり、一日をめぐるあれやこれやが、いれかわりたちかわりして絡みあいながら話は進む。

 主人公は、その一日を家族とともにすごしつつ、先ごろ亡くなった叔母のことを回想していく。彼女とはある意味母親よりも親密に接してきたが、不可解なところもまた多かった。自分に強い影響を与えた叔母のことを主人公は自分の日記をたよりに追想していく。

 出来事はある意味単純なものであったはずなのに、それを想起する手段は複雑に入り組んでしまっており、しかしそれが不可欠なものでもある現代は、ひどく奇妙な時代なのかもしれない。=朝日新聞2020年2月9日掲載