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「スミス・マルクス・ケインズ」書評 生涯を決めた問いから描く三人

評者: 間宮陽介 / 朝⽇新聞掲載:2020年03月07日
スミス・マルクス・ケインズ よみがえる危機の処方箋 著者:ウルリケ・ヘルマン 出版社:みすず書房 ジャンル:経済

ISBN: 9784622088677
発売⽇: 2020/02/19
サイズ: 20cm/393,11p

経済危機はなぜ起こるのか。貧富の差はなぜ固定するのか。お金の役割は−。スミス「国富論」、マルクス「資本論」、ケインズ「一般理論」のポイントと彼らの時代を記述し、逆説に満ち…

スミス・マルクス・ケインズ よみがえる危機の処方箋 [著]ウルリケ・ヘルマン

 人物写真を複写機でコピーし、それをまたコピーするという作業を繰り返していくと、線だけで構成された、くっきりした画像が出来上がる。人物の特徴は出ているが、陰影が消えたぶん、表情が定型的だ。人物論も同じで、繰り返し論じられていくうちに、イメージが固定化され、白黒はっきりした人物像が流布するようになる。
 スミス、マルクス、ケインズを主役に据えた本書もひとつの人物論である。それぞれ、伝記的記述から始まり、現実を生きる中で、生涯を決定づける問いをつかみ取る。この問いが彼らの探求を促し、その主著に結実する。
 しかし本書はコピーにコピーを重ねた定型的な人物論ではない。人物とその思想の特徴をよくつかみ、その特徴を簡潔にかつ印象的に描き出した人物論であり、意表を突く記述が随所に見られる。
 例えば、著者のスミス理解は、小さな政府、自由放任を唱えたスミスという理解とは正反対である。「スミスは、現代に生きていればおそらく社会民主主義者になっていただろう」というのは決して誇張ではない。競争と自由市場の擁護は国家と結託した特権階級を理論的に打破するためであって、彼が今に生きていたら、新自由主義勢力も国家と結びついた特権階級と映ったことだろう。
 スミスはもちろん、マルクスもケインズももう古いというのは経済学者(正統派経済学者、新古典派経済学者)の口癖である。これに対し本書の著者は真っ向勝負を挑む。情報や金融商品を包摂するように市場の数を増やしても、経済認識が変わるわけではない。市場経済と物々交換経済の間に大きな差はない。
 これに対し、技術革新と金融化によってダイナミックに変化するのが経済の現実である。このような経済にアプローチするために3人の理論家が取り上げられた。記述は鷹揚(おうよう)で深い蘊蓄(うんちく)に支えられた好著である。
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Ulrike Herrmann 1964年生まれ。ドイツの経済ジャーナリスト。著書に『資本の世界史』など。