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青崎有吾さんが中学生のときシチュエーションに惹かれた映画「笑の大学」 「密室劇」の魅力が凝縮

 去年、『早朝始発の殺風景』という短編集を出した。場面転換なし、登場人物2~3人という縛りで、始発電車やファミレスや観覧車の中を舞台にした密室劇のオムニバスである。

 書き始める前から、念頭に置いていた作品がある。
 三谷幸喜脚本、「笑の大学」。

 娯楽が規制される戦時下の日本。警視庁の取調室で、検閲官の向坂と喜劇作家の椿が対面する。向坂は時勢にそぐわぬ椿の台本が気に食わず、次々無茶な駄目出しをするが、椿はあの手この手で台本を書き直し、むしろ以前より面白くしてしまう。言い争いを続けるうち、二人の間に奇妙な友情が芽生え……というストーリー。

 もとはNHKのラジオドラマで、その後舞台化、映画化した。僕は中学生のころ映画版をDVDで見た。ストーリーも大好きだが、何よりシチュエーションに惹かれた。

 殺風景な密室内。初対面の気まずい二人。だからといって逃げ場はなく、ゆえに会話をせねばならず、ぎこちないやり取りの応酬が笑いや感動につながっていく。ああ、こんな狭い空間でも面白いお話ってできるのか。いやむしろ、これがお話の本質なのか。「密室劇」の魅力を初めて強く意識したのがこの作品で、それ以来映像・演劇・漫画・小説、媒体問わずワンシチュエーションもののファンである。

 とりわけ映画で見るのが好きだ。自分でもよくわからないが、一番自由な媒体で一番手狭なことをやるという倒錯ぶり、制約の中で工夫せざるをえない撮り方、密室劇につきものの低予算感などが好きなのかもしれない。ちなみに映画版『笑の大学』は、夕陽の傾きで長い沈黙を表すなど演劇的な演出が多く、そのあたりも面白い。監督は古畑任三郎シリーズの演出をした星護が務めている。

 「笑の大学」はコメディだが、一貫して描かれるのは暗い時代の検閲と戦争だ。原型となったのはエノケンの座付き作家・菊谷栄の実体験だという。取調室の外に出たとき椿と向坂が選ぶ結末は、決して幸福に満ちたものではない。

 そういえば去年日本公開された映画「テルアビブ・オン・ファイア」も「笑の大学」と共通項が多い。人気メロドラマの雑用スタッフであるパレスチナ難民と、そのドラマの大ファンであるイスラエル司令官が検閲所で出会う。彼を脚本家だと勘違いした司令官は内容に好き勝手口出し。そのアイデアが現場で採用されてしまい、徐々に二人は組んで脚本を作るはめに……。コミカルな物語の背景には、複雑化するパレスチナ情勢がある。

 境界の内と外。圧迫と解放。規制と自由。世界共通の普遍的テーマである。