悲しい思いを優しく包み込むような作品を
――大好きなくまくんに贈り物をしたい。こりすが何が欲しいかたずねると、何もいらないと言うくまくん。「きみと ここに いるだけで、ぼくは とても しあわせなんだ。」お互いを想う愛にあふれた宮野聡子さんの『いちばん しあわせな おくりもの』(教育画劇)は、普段は照れくさくて言えないけれど、大切な人に気持ちを伝えたい、そんな時に贈りたい一冊である。
編集者さんから「愛情」をテーマにした作品を作ってほしいと依頼されたのがきっかけです。『どんなにきみがすきだかあててごらん』(作:サム・マクブラットニィ、絵:アニタ・ジェラーム、訳:小川 仁央、評論社)を渡されて、「この絵本が大好きで、こんな絵本を作ってほしい」って。有名な作品なので、それに匹敵するようなものが作れるのか、最初は不安もありました。
ちょうどその頃、東日本大震災があって、親戚が亡くなりました。あの何分かの出来事で、それまでの日常が全て失われてしまって、言い残してしまったこと、やり残してしまったことをすごく後悔しました。今、言えることは、今、言おう。素直になろう。そういうことが何より大事なんだって痛感していた時でもありました。同じように悲しい思いをした方々を優しく包み込んであげられるような、そんな作品を作れたらいいなと。そこから、愛を伝え合うという構成を考えました。
――テーマはシンプルだが、目に見えにくい「愛」をどう表現するか、苦労したという。
例えば、なんでもない景色も好きな人と一緒に見るとすごくいい景色に思えたり、普段口にする食べ物が、好きな人と一緒に食べるとすごく美味しく思えたり、そういう、目に見えないけれど、愛を感じる瞬間は誰にでも経験があると思うんです。小さなお子さんからお年寄りまで、みなさんに共感してもらえるようにするにはどうしたらいいか試行錯誤しました。
キャラクターも工夫をしました。小さい子どもにも受け入れられるような言葉づかいにしたり、主人公たちを可愛らしく表現したり。登場人物を人ではなく、「くま」と「こりす」にしたのは、性の区別をつけたくなかったから。人として書いてしまうと、どうしても「男の子」「女の子」になってしまいます。絵本を手に取ってくれた方が、家族や友だちなど、自由に対象を思い描いてほしいと思ったので「くま」と「こりす」に。くまは「くまくん」としているので、男の子の印象が強いんですけれど、こりすは、性別がわからない設定にして、「ぼく」「わたし」など男女のイメージがつかないよう言葉選びにも気をつけました。
主人公のふたりも、あえて違う生き物にしました。ちょこちょこ走り回る「こりす」と、のんびりしていてあったかい感じの「くま」。大きさの対比も可愛らしいかなと思って。
今、そばにいてくれる人のことを大切に
――物語がしっかりしていないと子どもたちは読んでくれない。だから、構成には時間をかけるという宮野さん。
最初は、こりすが「ほしいものはなあに」とくまくんに聞くシーンから始まる構成でしたが、性格づけも必要だってことで、普段の生活など細かいところを盛り込んでいきました。原画を描き出すまで、いつも時間はかかりますが、この作品は編集者さんの力の入れ方が違っていたので、より時間がかかりましたね。ラフスケッチを何度も出し直して、終わりがないと思うぐらい。編集者さんがどんなものを求めているのか手探りしながら、形にしていきました。
物語ができあがってからは自分の世界になってしまうので、その先はスムーズでしたが、表情を描くのに苦労しました。特に、くまくんの表情がすごく難しくて。「なんにもほしいものはないよ」って、こりすを温かく包み込む表情を出すのに、何度も何度も描き直しました。
――テーマが決まってから、出版まで5年。編集者と一緒に作り上げた作品が、第7回リブロ絵本大賞を受賞した。
嬉しかったです。出版社さんとしても初めてのことだったので、みなさんでお祝いしてくださって、嬉しい受賞でした。残念なことに、担当の編集者さんは出版後すぐに退職してしまわれたんですが、お別れの時「一生の宝物にします」と言ってくださいました。
——このところ、休校やイベントの自粛など、普段通りの日常が送れず、漠然とした不安に包まれている中、本作を読むと、改めてなんでもない毎日がいかに幸せかと感じる。
今、そばにいてくれる人のことを大切にしてほしいという思いがあります。「今を一緒に生きるよろこび」を伝え合うことなんて、普段の生活ではあまりないことなので、親子で読んだり、ペットに読み聞かせたり、友だちにプレゼントしたり、作品を通して気持ちが伝えられると嬉しいですね。この夏には、感謝をテーマにした続編が出版される予定なので、なかなか言えない「ありがとう」の気持ちを伝えてもらえたらと思います。
――絵本作家としてデビューから12年、これまでに15冊が出版された。心がけているのは、「ハッピーエンド」だ。
映画が大好きなんですけれど、アンハッピーエンドで終わると、すっごく悲しくなるんです。そんな悲しい結末が絵本にあってはいけないと。子どもたちがページをめくり終わった後に「あー楽しかった」と、幸せを感じてくれるような読後感を持ってほしいと思っています。背表紙にもこだわっていて、そこまで物語が続くように、その先も想像できるようにしています。
——パステルと水彩絵の具、色鉛筆を使い、やわらかく優しいタッチが印象的な宮野さんの絵本。物語も心温まるものが多く、読者からも「優しい、温かみのある作品」として定評がある。
とても嬉しいことです。でも、新しいものも作ってみたい気持ちもあります。以前、主人公が河童たちの住む江戸時代にタイムスリップするという、コミカルなお話を提案したこともあるんですが、やんわりと断られてしまって(笑)私自身、絵本が大好きなので、絵本の中でもっと冒険をしてみたい、もっと楽しいことをしてみたいと思っています。仕掛け絵本とか、ゲーム性のある絵本とか、ひたすら楽しい絵本を作ってみたいですね。