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「ヤマト王権の古代学」書評 考古学の成果で打ち出す独自説

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2020年04月11日
ヤマト王権の古代学 「おおやまと」の王から倭国の王へ 著者:坂 靖 出版社:新泉社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784787720023
発売⽇: 2020/02/06
サイズ: 21cm/269p

ヤマト王権の古代学 「おおやまと」の王から倭国の王へ [著]坂靖

 古墳時代以前の研究は難しい。主要な文献資料は『古事記』『日本書紀』(記紀)だが、これらは8世紀に律令国家によって編纂(へんさん)されたものなので、史料的価値には限界がある。よって考古学の出番となる。
 たとえば、記紀に見える「この古墳は〇〇天皇の陵墓」といった記述はしばしば考古学の成果と矛盾し、強引なこじつけが多く含まれていることが判明している。また記紀には垂仁天皇(11代天皇)や景行天皇(12代天皇)の宮(居所)などが登場するが、著者は「この時代に『天皇』も『宮』も存在しないことは明白である」と断言する。
 本書の内容は専門的で高度なものだが、発掘調査の事例紹介に特化せず、文献資料を検討しつつ3~5世紀のヤマト王権の実態に迫っているので、類書と比較すると読みやすい。
 ただし、本書は考古学の現在の通説を解説するだけのものではなく、むしろ著者独自の説が強く打ち出されている。現在の古代史・考古学界では邪馬台国がヤマト王権に発展したという邪馬台国大和(やまと)説が有力である。けれども著者は、中国との直接交渉を示す考古資料(遺物)が弥生時代中期から後期の畿内地方ではほとんど確認できず北部九州に集中していることから、邪馬台国北部九州説を支持する。
 またヤマト王権は既に成立期の3世紀中葉に大和川流域一帯を支配していたと考える研究者が多い。だが著者は、初期ヤマト王権の直接支配領域は、卓越した規模の前方後円墳が集中する奈良盆地東南部の「おおやまと」地域に限定されていたと説く。いずれにせよ、今後の議論は、文献解釈ではなく考古学で決着がつくだろう。
 ここ30年で弥生時代・古墳時代の考古学研究は大きく進展した。その成果を無視した作家・自称歴史研究家の「新説」は学問的に無価値である。本書が広く読まれることで、珍説が一掃されることを望む。
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ばん・やすし 1961年生まれ。奈良県立橿原考古学研究所企画学芸部長。著書に『古墳時代の遺跡学』など。