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読み返してわかる時代の熱量 堀部篤史さんが薦める新刊文庫3冊

堀部篤史が薦める文庫この新刊!

  1. 『あのころ、早稲田で』 中野翠著 文春文庫 792円
  2. 『文章読本 新装版』 三島由紀夫著 中公文庫 770円
  3. 『向田邦子ベスト・エッセイ』 向田邦子著 向田和子編 ちくま文庫 990円

 先日、話題のドキュメンタリー「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」を観(み)た。三島の鷹揚(おうよう)な態度と、学生たちに合わせた丁寧な語り口に比べ、駒場キャンパスに集まった学生たちは決して一枚岩には見えず、その主張も抽象的だった。一体彼らは何と闘争していたのか。(1)は彼らとほぼ同時代を早稲田大学で過ごした著者が語る「バリケードの内側」の思い出。家に帰れば日常があり、流行や風俗とも無縁ではない等身大の左翼学生たちの姿。当時読んだという60年安保の闘士、奥浩平の手記を「今、読み返してみても圧倒されるよ。その苦悩の内容よりも、苦悩の熱量に。」と評するように、主張よりもその熱量こそが運動の本質だったのではないか。当事者による回想でなく、すぐ側からの客観的視点だからこそ「あのころ」を知る上で貴重。

 (2)はその三島による文章読本。有り体の実用的文章上達法ではなく小説の読者を「普通読者」と「精読者」に分類し、後者に近づくためのある種「読み方のレッスン」が展開。伝達のための簡潔さと、鑑賞に堪えうる修飾を兼ねた「味わっておいしく、しかも、栄養がある」ものが良い文章だとすれば、向田邦子のエッセイ(3)はどうか。まるでカットが切り替わるようにシーンがつなぎ合わされ、タイトルと無関係だと思われた伏線が主題へとリンクし、見事に回収されていく。脚本家としてキャリアがあってこその、エッセイの技法であり、テレビドラマを観て育った世代にとっての名文だ。=朝日新聞2020年4月11日掲載