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「一人っ子政策と中国社会」書評 負担に喘ぐ女たちの苦心と選択

評者: 戸邉秀明 / 朝⽇新聞掲載:2020年04月18日
一人っ子政策と中国社会 著者:小浜 正子 出版社:京都大学学術出版会 ジャンル:社会・文化

ISBN: 9784814002627
発売⽇: 2020/03/10
サイズ: 22cm/9,380p

一人っ子政策と中国社会 [著]小浜正子

 出産を主とする生殖は、人類史上、長らく共同体や家族の、そして近代以降は国民国家による人口政策の管理・監視下に置かれてきた。1979年から36年間も続いた中華人民共和国の「一人っ子政策」は、その最たるものとして、強制的な「人工流産」等が海外から非難された。著者はその政策の酷い一面を認めつつも、では非難者は、政策を我が身で受けとめた女たちの声にどれほど耳を傾けてきたのか、と切り返す。
 そこで本書は、マクロな人口動態や巨大都市・上海の詳細な公文書、様々な階層・地域の女性からの聞き取り等を駆使して、独自の答えを出す。政府の「計画出産」指導により、中国の出生率はすでに70年代に急激に低下していた。背景には、父系血統主義の家父長制のもとで多産を強いられ、「仕事と家庭の二重負担」に喘ぐ女たちが、国家建設を急ぐ政府の圧力や社会主義の建前を利用して、産む/産まないを選んだ日々の苦心がある。文化大革命後のベビーブームを恐れて始まった「一人っ子政策」は、そうした前提抜きには貫徹されなかった。地域ごとの対応の違いや、政策を末端で担った「はだしの医者」たちの葛藤をめぐる周到な分析は、冷戦下の別世界の出来事も、普通の人々の複雑な駆け引きの結果なのだと納得させてくれる。
 「生殖する女性の身体は誰のものなのか」。この問いに女性の自己決定権を尊重せよと答えたのは、60年代以降のフェミニズムだった。だが同時代の中国で、女たちが国家の強制や家・夫の無理解と格闘した主体的な選択の営みは知られていない。しかも優生保護法下の莫大な「中絶」数や強制不妊手術の実態が示すように、女性の身体を犠牲にして人口抑制を達成した日本の戦後史は、そこからどれほど離れているか。比較史を念頭に終始進められる著者の議論は、いまや超少子化という共通課題を抱える東アジアの未来を考える上で、たいへん示唆的だ。
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 こはま・まさこ 1958年生まれ。日本大教授(アジア史、ジェンダー研究)。著書に『近代上海の公共性と国家』など。