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高丘哲次「約束の果て 黒と紫の国」 二つの書物巡る大スペクタクル

 伍州(ごしゅう)の南端、三石県で発見された矢をかたどった青銅の装身具。そこには壙(こう)とジ南(じなん、ジは戴の異が至)という国の名が書かれていた。だが歴史にはそんな国の記録はない。調査を命じられた考古学者の梁斉河(りょうせいか)は『南朱列国演義』という小説と『歴世神王拾記』という偽書――二つのフィクションの中に辛うじてその名を見いだす。彼の研究はその息子へ受け継がれ、さらに海を越えて「私」の父から「私」のもとに70年の時を経てたどり着く。

 日本ファンタジーノベル大賞2019受賞の高丘哲次のデビュー作『約束の果て 黒と紫の国』は時代と国境を越えて伝えられてきた二冊の書物を巡る物語だ。

 伍州を統べる大国・壙の王子・真气(しんき)が南国のジ南へと派遣され、王女・瑤花(ようか)と出会う『南朱列国演義』。いまだ神と人が一緒に暮らしていた時代、獣同然の生活をしていた青年・バ九(ばきゅう、バは虫ヘンに馬)が、神々が弓の腕を競う宴礼射儀の場に駆り出され、弓術の道と瑤花という童女に出会う『歴世神王拾記』。二つの物語が交互に展開されていく。

 架空の中華風世界の、さらに作中作が舞台とあって、最初はやや取っつきにくいかもしれないが、50ページも読めば、そこから先は結末まで一息に読めてしまうはず。日本ファンタジーノベル大賞はこれまでも第1回受賞作の酒見賢一『後宮小説』(新潮文庫)を皮切りに仁木英之『僕僕先生』(同)など優れた中華ファンタジーを送り出してきたが、本書はその伝統に連なる新たな一作と言える。

 壙とジ南を巡る歴史小説と、神々の時代を描く幻想小説、「瑤花」という名の少女を共通点とする二つの書籍は、徐々にそのつながりを明らかにしていく。ネタバレになるので詳しく書けないのが残念だが、物語は、やがて大国・壙のホラーかつSF的な正体が判明するとともに、大作劇場アニメやハリウッド映画もかくやという大スペクタクルの終盤になだれ込む。序盤からは想像もつかない大変な大風呂敷の広げ方だが、きっちり序盤から伏線を張って、時を超えたラブストーリーとして完結させるたたみ方も見事である。

 一冊で二冊分――いやそれ以上の魅力が詰まった大変盛りだくさんな作品であり、二度三度と読み返したくなる。家に籠(こ)もって腰を据えて読むにはピッタリの一冊だろう。=朝日新聞2020年4月18日掲載