「すごい」とあおられると身構える。半信半疑で読み進めると、「『すごい工場』がすごい理由」と題して写真が並ぶ。スタイリッシュな外観。ウェルカムボードに迎えられて中に入ると、社員一同が笑顔で挨拶(あいさつ)。バーカウンターもある。
愛知県にある1959年創業の小さな鋼材加工会社スチールテックの工場だ。見学した会社の8割が取引を決め、学生の大半が第一志望に変えるという。確かにすごい。二代目社長である著者が理由を解説する。
出だしは最悪。父親の後を継いだ直後にリーマン・ショックに襲われた。絶望感に襲われるが採用はやめず、先に人材を獲得して仕事はあとで見つける「超積極経営」で、国内唯一といわれる切断から加工溶接までの一貫体制を構築した。
今や社員50名の有休取得率95パーセント、新卒も毎年採用する。外国人も幹部に昇進し、フィリピン人の技能実習生も月次損益を把握しているとか。
これらを可能にしたのが「工場のショールーム化」と「社員ニコニコを実現する仕組み」だ。掃除や整理整頓に始まる環境整備に加え、上司とのサシ飲みなど「飲みニケーション」を重視。思考と行動を分析する検査も相互理解のために活用する。いずれも業務として行い、社員に負担はかけない仕組みだ。
外国人の戦力化とダイバーシティ経営が際立つが、著者がトヨタの海外部門での経験が長かったとあり腑(ふ)に落ちた。気になる資金調達については謎が残るものの、コンサルタントの知恵も借り、創業以来の永続力が評価された結果とある。信頼にこそ人は投資するということか。
儲(もう)けを追い求めるだけの営業戦略より、成長や安定した生活の基盤となる人材戦略に重きを置くほうが厳しい環境でも生き残れるのではないかと著者は書く。「人を制する者が勝負を制する」は言うは易(やす)く行うは難しだが、コロナの時代をどう生き抜くか、頭を悩ませている経営者には気づきの多い一冊だろう。=朝日新聞2020年5月9日掲載
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あさ出版・1650円=6刷1万500部。2019年3月刊行。スチールテックが本社を構える愛知県の書店を中心に展開していたが、関西の書店にも飛び火して全国へ。