東京に住む叔父を頼り、故郷の星から地球にやってきたバクちゃんは、目的地に向かう満員電車の中で、上京してきたばかりの女子高生・ハナと出会う。ほどなく、青い瞳のバク星人は、彼女の下宿先で仮住まいを始める。伸びやかな線で描かれるのは、新たな景色や文化に触れる新鮮な驚きや喜びだ。はじめてみる雪に心惹(ひ)かれ、爪楊枝(つまようじ)に戸惑う。バク星由来のシャボン玉に映像を映す外付けモニターなどディティールも楽しい。
と同時に、ここには移民に対する刺々(とげとげ)しい空気も描かれる。夢を食べるバクに対するイメージ先行の恐怖心、高圧的な入国審査は流れ作業でしかなく、ハンコに象徴的な謎ルールも。多様性を謳(うた)いつつ、何かにつけ協調を強いるアンビバレントな空気――。柔らかにして簡潔に抉(えぐ)り出されるのは、この国の問題点だ。ゆえに、読後感は深い。
バクちゃんの住む地区には、さまざまな理由でこの星に移ってきた異星人が住んでいる。特に故郷を失ったサリーさんの言葉はやるせなく、印象に残った。実はバクちゃんにも愛する故郷を離れざるを得なかった理由がある。希望に満ちた少年が求めた新天地が、どうか失意にまみれてしまいませんように。=朝日新聞2020年5月16日掲載