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高浜寛「ニュクスの角灯」 明治期の少女の飛躍、衝撃のラスト

ニュクスの角灯(6巻)

 今年の手塚治虫文化賞のマンガ大賞が、高浜寛の『ニュクスの角灯(ランタン)』に決まりました。作者の名前は「たかはま・かん」で、もちろんマンガファンならご存知(ぞんじ)でしょうが、女性です。

 幕末から明治初期の長崎・丸山遊郭を舞台に、ある花魁(おいらん)の哀切にして毅然(きぜん)とした生涯を描いた『蝶(ちょう)のみちゆき』、自分の経験をもとに、薬物依存など凄絶(せいぜつ)な人生の断面を切りとって見せた『SAD GiRL』など、強烈な読みごたえのあるマンガの作者です。フランス語版も出ていて、フランス人の熱心なファンがたくさんいます。

 しかし、今回の『ニュクスの角灯』は、これまでの作品と比べて量的にも格段の大作であり、高浜寛という作家を、知る人ぞ知る異色の存在から、もっと大きなスケールの、普遍的な物語の面白さと感動とをあたえてくれるマンガ家へと脱皮させました。日本マンガでその年の最高峰というべき作品に贈られる手塚治虫文化賞マンガ大賞にまことにふさわしい傑作です。

 舞台は明治初期の長崎です。その点で『蝶のみちゆき』と同じ趣向といえますが、『蝶のみちゆき』の女主人公が古き日本とともに去りゆく滅びの美しさを体現していたのに対して、『ニュクスの角灯』のヒロイン・美世(みよ)は、これからの人生を切り開き、果敢に世界へと飛びだしていく18歳の少女です。

 話は、美世が長崎の骨董(こっとう)店に就職したところから始まり、その店主で日英混血の美青年・百年(ももとし)に導かれて、日本の細工物や浮世絵を売るためにパリで活躍するまでを、きわめて生き生きと、ユーモアたっぷりに描きます。『ニュクスの角灯』は、一人の少女の自己確立を語る正統的なビルドゥングスロマン(成長小説)なのです。

 パリには百年の恋人である椿姫のような高級娼婦(しょうふ)・ジュディットがいて、このアルコール依存の女性が汚辱の底から立ちあがる自己回復の物語も、『ニュクスの角灯』のもう一つの感動的な読みどころです。

 また、百年と美世が扱う日本と西洋の骨董品がじつに魅力的です。そこには、日本文化の古来からの美と、日本を近代に引きずりだした西欧文明の精華が結晶して、私たちを手作りの〈物〉の魅惑へと誘います。作者の〈物〉への愛が、このマンガ全体に生命のように脈打っているのです。

 そして、ラスト9ページの衝撃。ネタバレを避けるために何もいえませんが、『不思議の国のアリス』のように奇想天外で、同時に、日本近代の帰結をこの上なく残酷に描きだしています。=朝日新聞2020年5月20日掲載