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ソン・ウォンピョン「アーモンド」 「変人」がつながる意義を問う

 人間の脳には未解明の部分も多い。いわゆる「心」は脳のどんな働きの作用なのか。

 本書の主人公ソン・ユンジェは、脳の扁桃(へんとう)体(アーモンド)が先天的に人より小さく、喜びや悲しみ、笑いといった感情の起伏を覚えることができない。ゆえに祖母とシングルマザーの母が目の前で悪漢に襲撃されても、泣きも嘆きもしなかった。高校では変人扱い。それでも母の教え通り、普通の人を擬態してやり過ごしてきた。

 しかしゴニというならず者の少年だけは何かが違った。喧嘩(けんか)を仕掛けてくるゴニに、恐怖心を持たないユンジェはこう言う。「みんなだってうわべでは怖がってるふりをしてるけど、内心では君をバカにしてるんだから」。「怪物」と呼ばれる者同士の共鳴で、相手の本当の性質を見極めようとするのだ。ゴニも次第に心を開いていく。

 本作がユニークなのは、ユンジェの視点で進行するために心理描写はほぼなく、人の表情や出来事がありのままに書かれていく点だ。ドラという少女をつい目が追ってしまうこと。彼女の髪が顔にあたったとき、「胸の中に重い石が一つ飛び込んできた」と感じたこと。恋や愛といった抽象概念を退ける、自身の違和感への几帳面(きちょうめん)な言語化は、ユンジェのたしかな成長の証(あかし)にもなる。

 物語は、絶体絶命の窮地に追い込まれたゴニに示したユンジェの献身を契機に大きく転換する。「彼は、僕の友だちだから」。共感は無理でも理解はできるはずとの意思を貫く姿からは、脳障害のあるなしでなく、誠実に他人に関与することの意義というテーマが浮上する。

 シンパシーの感覚を持たない主人公を中心に、友情や親子愛、異性愛など人とのつながりをドラマティックに描き、読者を共感と感動の波にさらったこの物語。その多くがフェミニズム的テーマの韓国現代文学の邦訳ブームのさなかにあって、韓国文芸界の多様性を本邦に知らしめる一冊だ。=朝日新聞2020年5月23日掲載

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 矢島暁子訳、祥伝社・1760円=9刷7万部。2019年7月刊行。映画監督としても活躍する著者の初の長編小説。韓国のベストセラーが、今年の本屋大賞翻訳小説部門を受賞。