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「民主主義の非西洋起源について」書評 民の自己統治 ギリシャ外でも

評者: 宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月30日
民主主義の非西洋起源について 「あいだ」の空間の民主主義 著者:デヴィッド・グレーバー 出版社:以文社 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784753103577
発売⽇: 2020/04/24
サイズ: 20cm/187p

『ブルシットジョブ』(岩波書店より近刊)そして『負債論』(弊社刊)で話題沸騰中の人類学者D・グレーバーによる、通念を根底から覆す政治哲学。すなわち、「民主主義はアテネで発…

民主主義の非西洋起源について 「あいだ」の空間の民主主義 [著]デヴィッド・グレーバー

 民主主義の歴史というと、とかく古代ギリシャが持ち出される。かくいう評者自身、大学で西洋政治思想史を講じる場合、必ずと言っていいほどアテネを中心とする都市国家から話を始める。自由、民主主義、正義、そして何より政治という言葉自身が、古代ギリシャに起源を持っているからだ。しかし、それでいいのか。本書は、評者を含む教科書的な思考の持ち主を手厳しく批判する。
 もし平等な関係に立つ人々が、開かれた議論によって共同の意思決定を行うことが民主主義ならば、古代ギリシャ以外にもいくらでも起源があるだろう。米国憲法起草にあたり、イロコイ族の制度が参照されたという議論は、もはや常識に近い。本書ではさらに海賊船やインド洋の交易コミュニティーなど、様々な例があげられる。多様な伝統と体験を持つ人々が互いに折り合いをつけるとき、即興的に民主主義の革新が起きる。このような事例は世界各地にあり、民主主義の起源はけっして一つでない。
 にもかかわらず、教科書的な説明は、古代ギリシャのみを起源とし、それを近代欧米と直結する。本来、広場でなされた古代の民主主義と、選挙と議会中心の近代民主主義は異質である。それなのに常識的理解は、古代ギリシャから近代欧米へという話法に、すべての可能性を回収してしまう。実際には、近代の多くの指導者が、広場に集まる人々に恐怖心さえ持っていたのに。
 著者はさらに、民主主義を国家と結びつけることを疑う。民衆の自己統治と、国家という強制装置の結びつきは接ぎ木でしかない。現代において危機なのは国家であって民主主義ではない。国家から自立したコミュニティーに期待する著者は、民主主義はアナーキズムと同義語だとさえ言う。
 誰も民主主義の起源を独占できないという結論に異論はない。それでは民主主義の新たな歴史をどう構想するか、それが問題だ。
    ◇
David Graeber 1961年生まれ。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大人類学教授。著書『負債論』など。